コピーライターの裏ポケット

こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2012年12月30日

5月の放送予定



5月6日 北田有一
5月13日 小松洋支
5月20日 細川美和子
5月27日 上田浩和
タグ:ポケット社
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2012年05月20日

細川美和子 2012年5月20日放送

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写真:君和田貴子 http://www.flickr.com/photos/1q89/

「平等」

           細川美和子

新しく家族がふえた。

夜中に泣くし泣きやまないし
なんで泣いてるかわからないし
ミルク作るの大変だし
作っても飲んでくれないし
ばい菌とか殺菌とか気を使うし
耳掃除するのも爪を切るのも
お風呂に入れるのもいやがられるし
目を離したすきにへんなもの
口にしないか気になって気が休まらないし
なによりも、いとおしすぎて、おそろしい。

こんないとおしいものが
病気になったらどうしよう、
死なせてしまったらどうしよう、
そんな気持ちがこの先ずっと
一日も休まず続くのかと思ったら、おそろしい。

子供を愛しすぎてノイローゼになって
追いつめられてある日ふと、
育児放棄しちゃうようなお母さんの気持ちが、
なんだかすこしわかった。
っていったら、ともだちで最近
赤ちゃんを産んだひとに怒られた。
「猫といっしょにしないでよ!」って。
だっていとおしいんだもん。
いいじゃないか。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:細川美和子
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2012年05月13日

小松洋支 2012年5月13日放送

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写真:君和田貴子 http://www.flickr.com/photos/1q89/



          小松洋支

その場所には、大きな四角い箱がいくつもならんでいました。
箱は鉄板でできていて、前がガラス張り。
中には照明が仕込んであるらしく、明りが洩れていました。

ある日の夕暮れ、おじいさんとおばあさんが、そこにやってきました。

おじいさんは鳥打ち帽をかぶり、古びた革の上着を着ていました。
おばあさんはすり減った木靴をはき、色のあせたショールで肩をおおっていました。

ふたりは、ならんだ箱を順番に見て回りました。

ときおり顔を見あわすこともありましたが、
黙ったままうなずいたり、首をふったりするだけでした。

ひとつの箱の前で、おじいさんが立ち止まりました。
じっとガラスの中を見つめています。
手を顎に当てて、なにか考えこんでいる様子です。

おばあさんは、少し離れたところで別の箱に見入っていました。

「おばあさん」
おじいさんが目の前の箱を見つめたまま声をかけました。
「わしらはいくら持っていたんだっけね」

おばあさんは手提げ袋から財布を取り出して、振ってみせました。

「きのうまで何度も数えたじゃありませんか。 358ペソアですよ」

おじいさんは、歩み寄って
おばあさんが見ていた箱に目をやりました。

おじいさんの額に悲しげな皺がうかびました。

「おまえが女の子を望んでいるのは、わしもよく知っている。
戦争で死んだ息子のことを思い出させるから、
男の子を育てるのはつらい、ということも分かっとるつもりじゃ」
おじいさんは、地面に視線を落としました。

「だがな、この女の子は400ペソア、あっちの男の子は350ペソア。
女の子の服は、あたらしく買わねばならんが、
男の子の服なら、まだタンスにある」

おばあさんは、ため息をつきました。
そして、財布をそっとおじいさんの手に渡しました。

金貨3枚と銀貨1枚。おじいさんが児童販売機に入れると、
ジーッ、ガタン、と音がして、箱の下にあるドアから
ちいさな裸の男の子が出てきました。

一歩二歩 近づいて、おじいさんとおばあさんを見あげています。

おばあさんは目に涙をため、しゃがみこんで
ショールで男の子を包みました。

男の子は、はずかしそうに、すこしだけ笑いました。


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2012年05月06日

北田有一 2012年5月6日放送

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わたしは、優勝できなかった。

                   北田有一

社交辞令の世界大会は、毎年、タイのパタヤで開かれる。
世界中から集まった選手が社交辞令を交わし、
その技を華麗に競い合う。

わたしは六本木のクラブでホステスをしていた時に、
お客さんからスカウトされた。
はじめは失礼な客だと思ったが、10年に1度の逸材だと言われ、
彼の熱心な口ぶりに負けた。
いま思えば、それも社交辞令だったのかもしれない。

とにかく暇つぶしとして無料体験レッスンに行ってみた。
先生からも才能があると言われ、上級クラスを薦められた。
小さい頃から、容姿以外を誉められたことのなかったわたしは、
悪い気がしなかった。

3年くらい勉強を続けると、もう先生と呼べる人はいなくなった。
塾長から教える側にまわらないかと誘われ、ホステスを辞めた。

あれから10年。
恋愛も結婚もせずに、社交辞令のトレーニングを続けた。
ついに念願の、日本代表にも選ばれた。

しかし、体力の限界だった。
社交辞令を長く続けていると、なぜか不眠症になるのだ。
どこの国の選手に聞いても同じ。
ぐっすり寝ているのは、きっと、イタリア人くらいだろう。
彼らは、サッカーの世界で言うところのブラジルだ。
言葉を覚える前に、社交辞令を覚えたといっても過言ではない。

でも、わたしにはもう無理だ。
最後に優勝して、きっぱり引退しよう。
そう心に誓って、タイへ向かった。

本戦は、さすがの強者揃い。
社交辞令には細かく分けると12のパターンがあるとされているが、
試合時間20分の中で、すべてが出つくすこともあった。

わたしは、得意技の「ビッグマウス・ドロップ」という
上から目線の高度な社交辞令を武器に、なんとか決勝へ進んだ。

しかし、決勝の相手が悪かった。オランダのニコラスである。
わたしが最も苦手な「スマイル&アクション」という
カラダ全体を使って表現するタイプの社交辞令選手だ。

始めは互角に戦っていたが、
後半になると彼の社交辞令がボディブローのように効いてきた。
わたしの心は折れてしまった。

試合が終わると、ニコラスが私のところへ来た。
ひと通りの社交辞令を述べたあと、「また来年も会おう」と言った。

わたしは、「二度と来たくありません」と正直に答えた。
ニコラスは一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。

わたしは、優勝できなかった。
でも、今夜はよく眠れそうだ。


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2012年04月29日

上田浩和 2012年4月29日放送

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           上田浩和

山下くんは分厚い企画書をテーブルの上に置くと、
一枚ずつめくりながら説明をはじめた。
わたしたちは、わたしの部屋でテーブルを挟んで向き合っていた。
簡単に言うと、その企画は、
わたしの左肩の鎖骨の窪みに水を貯めて湖をつくる、というものだ。
わたしの鎖骨のかたちと深さは、湖にうってつけだという。
夏には、泳ぎに来る客が押し寄せ、
寒くなっても、釣り客がひっきりなしです。
湖面を大型の遊覧フェリーが横切り、
あたりは人々の笑い声で満たされるのです。
年間10万人の観光客を想定しています。
湖畔には眺望が自慢の大型ホテルを建設予定です。
などと並べ立てたあと、ぜひ力を貸してください!と山下くんは頭を下げた。
大学の後輩の頼みだから、
無下に断るわけにもいかない。
うまくいけば、鳥人間コンテストを誘致してもいい、
とだめ押しのつもりか、山下くんは語気を荒げたが、
その日はひとまず帰ってもらった。
急な話だ。ひとまずひとりになって考える必要があった。

その日の深夜。
寝付けないわたしはテーブルの前に座り、
頭のなかを整理するために、
複雑に絡みあった思いや考えを、丁寧にほどき、
皿の上に一枚いちまい重ねていった。
なにかをはじめたい、という思い。
もうそんなに若くはない、という思い。
だからこそいまやらなくては、という思い。
自分の鎖骨が湖になるとはどういうことなのか、という思い。
大勢の人々がわたしの左腕をつたって
湖に向かうときどんな感触がするのだろうという、思い。
わたしの鎖骨の中をブラックバスが回遊する、という思い。
それを釣りあげた人々の笑顔を見てみたい、という思い。
空を夢見た鳥人間たちの思い。
そんな見込みは全部はずれて誰も来なくて倒産するかもしれない、
という思いというか不安。

そんな思いたちを一枚ずつ重ねていった結果、
皿の上には、おいしそうなミルフィーユが出来上がっていた。
直径30センチほどの丸いミルフィーユは、自分でいうのもなんだが、
とてもおいしそうだ。
会社終わりにがんばってケーキ教室に通っていた成果が、
こんなところで現れるとは。
一口食べると、わたしの不安と葛藤と期待とが織りなすハーモニーが、
口のなかにふわっと広がった。
次の日。
8等分にしたうちの2ピースを箱に入れて、
わたしは、山下くんが勤める会社を訪れた。
それを食べながら、ふたりで話しをしたら、
わたしのなかから答えが自然と出て来る気がしたのだ。


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2012年04月22日

細川美和子 2012年4月22日放送

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石ころ
                      
            細川美和子

みかんもりんごも
ガラスもダイヤモンドも
東京タワーも新幹線も
あなたもわたしも
分解したら、みんな同じ素粒子なんだって。

同じ素粒子なのに、
わたしたち人間には
感情があるってすごいよね。

好きって思ったり
会いたいって思ったり
何かを願ったりする。

同じ素粒子の、固まりなのにね。

だからさ、だとしたらさ、気持ち次第で
何が起きても不思議じゃないと思うんだ。

そういってあなたのほうを見つめたらあなたは
「え、でもみかんにも
気持ちがあるかもしれないじゃん。
人間がさ、わからないだけで」と答えた。

わたしはちぇっと思って、
石をけりたい気分だったが、
きれいに舗装された道には
手頃な石は見当たらなかったのでした。


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2012年04月15日

田口麻由 2012年4月15日放送

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横顔

                 田口麻由

ぼくにはずっと、描きたいものがあった。
彼女の横顔。
凛々しい眉、すっとした鼻筋、唇の下のほくろ。
何よりも、ぼくを引き付けたのは、彼女の目だ。
長いまつげに縁取られた、死ぬほど冷たい目。
この世の全てを軽蔑しているような、残酷な眼差しは、
恐ろしい半面、とても美しかった。
あの頃ぼくは美術大学の油画科の1年生で、彼女は彫刻科の3年生だった。
学食でたまに見かける彼女に、絵のモデルを頼もうと、
何度も声をかけようとした。
でも、あの冷たい目で断られたら、立ち直れないような気がして、
ついに彼女が卒業するまで言葉を交わすことさえできなかった。

いま、ぼくは、9年ぶりに彼女を目の前にしている。
あの頃より、すこし痩せたような気がするが、
彼女の魅力的な横顔は昔のままだった。
鉛筆を持つ手が、すこし震えた。
これが、最初で最後のチャンスかもしれない。
からだ全部を目にして、彼女を観察した。
白い画用紙に、ぼくの目に映る彼女の横顔を、夢中で描いた。
彼女の目は、あの頃よりも、もっと、深く、冷たくなっていた。
そして、ぞっとするほど、美しかった。
ぼくは、鉛筆を走らせながら、あの目になら、殺されてもかまわない、
と思った。
彼女に殺された男は、同じことを思っただろうか。 
「被告人に死刑を処する。」
法廷に裁判長の声が静かに響いた。
彼女の表情は、1ミリも動かなかった。
マスコミ関係者が慌ただしく部屋を飛び出していく音が聞こえた。
ぼくは、描いた絵を彼女に見せたかった。
でも彼女はこちらを見向きもせずに、
手錠をかけられて、部屋から出て行ってしまった。

ぼくの絵は、どこかのテレビ局に8万円で売れて、報道番組で何度も使われた。
絵を見た人たちから、仕事の依頼がたくさん来た。
でも、ぼくにはもう、描きたいものが何もなかった。


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2012年04月08日

小松洋支 2012年4月8日放送

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おまえって

            小松洋支

おまえって、いっつも何か食べてんのな。
休み時間とか、道歩きながらとかさ。
そんでもって、ぽろぽろこぼすじゃん。
ポテチのかけらとか、パンの端っことか。

でもって食べながら話すから、
何言ってんだかわかんないんだよ。
聞き直すと、「え?」とか言うし。
自分で何話してたのか忘れんなっつーの。

コンビニ寄ろう、ってずーっとマンガ立ち読みして
そんときもチョコ食べたりするだろ。
あれ、やばいって。
店のもの食べてるみたいに見えるからやめろって、何度も言ってんのにさ。

コンビニ出てから、こんどはマツキヨ行くんだよな。
何か買うわけでもないのに。
そんでもって店の中でリップつけたりしてさ。
だから、やばいって。
店のもの使ってるみたいに見えるんだって。

それから、ソックス、黒と紺と片方づつはいてきたことあったろ。
あり得なくね、女子として。
そんな日は、ソッコー家帰んじゃねーの、ふつう。
ぜってー寄り道とかしないぜ。

なのにツタヤとか寄るのな、
何か借りるわけでもないのに。
でもって好きな映画のDVD見つけるとラストシーンの説明とかはじめるし。
長いんだよな、その説明が。
最後のセリフが最高だと思わない、とか言っちゃってさ。
わりーけど、もう何べんも聞いたよ、その話。

この前なんか死んだスズメ見つけて、持って帰ろうとしただろ。
そんなことしてどうすんだって聞いたら、
お墓つくるって言うから、
じゃ、そこらへんに埋めてやれよ、つったら
道端に穴掘って、スズメ入れて、土かぶせて、棒きれ立てて、
そのままボケーっと突っ立てるから、
何してんだよ、先行くぞって、肩んとこ押して、
ふりかえったら、泣いてやんの。ヘンなやつ。

おい。もう行こうぜ。
なんでよそん家の犬にちょっかいだすんだよ。
すげー吠えてんのに、かわいーとか言って、バカじゃねーの
だから、パンやろうとすんなって。
飼い主が窓からイヤそーな目で見てんぞ。
ったく、おまえって。


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2012年04月01日

西岡範敏 2012年4月1日放送

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素敵な発見

          西岡範敏

昨日タイムマシンに乗り
天動説つまり、地球の周りを星が回っているという説が
当たり前の時代に行ってきました。
バーで地動説をとなえてみました。
「地球が回っているから日はのぼり沈むのですよ」。
なかなか面白いことを言う奴だということで
マスターに一杯おごってもらいました。
マスターは「星が動くスピードが違うのは
空がいくつもの階層になって地球の周りをまわっているからだよ」と、
もっともらしく語る。なるほどね。
となりの客の「空飛ぶ鳥はどうして取り残されないんだい?」
という問いが
粋な返しとしてその場の拍手をかっさらうこととなり、
しつこく地動説を繰り返す私はばつが悪くなり、
そそくさと現代に帰って来た次第です。

タキシードにスニーカーでパーティーにいく
ギターをかき鳴らし腰をくねくねさせて歌う
なまこをたべる
ちょんまげをやめる
音のない曲を発表する
スピーカーのコーンにアイスピックで穴をあけて歪ませる
いつもたくさんギャラをくれる貴族の似顔絵をやめて、
アトリエの窓際に立った妻を描く

その時において異端とされたとしても
いずれ時を超えて親しまれるようなことになれば
それが素敵な発見と記憶される。

だから私はみんなの
きれいで
かわいくて
おいしくて
おもしろくて
かっこいい

から少し距離を置いて

自分の
きれいで
かわいくて
おいしくて
おもしろくて
かっこいい

を今日も探しに出かけます。

あ、タイムマシンを持っているからといって、
未来から盗むようなことはしませんよ。
自分がどう感じるか、どう思うか、どうするか、なんだな。


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2012年03月25日

上田浩和 2012年3月25日放送

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ランディでもなく、岡田でもなく。

           上田浩和

わたしは、地元の警察署で落とし物係をしている。
管轄内の落とし物は全部、わたしのところに届けられることになっていて、
いわゆるわたしは、このあたり一帯の拾う神なのである。
多い落とし物ベスト3は、わたし調べによると、
1位財布、2位携帯電話、3位鍵。
そしてたまにあるのが動物。
無責任な輩どもに捨てられたペットたちに同情し、
自分の部屋に連れ帰ってきた結果、今、わたしは、
犬とうさぎとハムスターに囲まれて暮らす31歳の寂しい独身女だ。
しかも31歳は今日までで、明日、32歳の誕生日を迎える。

わたしは、この31歳という一年を、
元阪神タイガースの掛布の顔ですごした。
31とは、現役当時の掛布の背番号なのだが、
たったそれだけの理由で、去年の31歳の誕生日に、
プロ野球の神により顔の遺伝子を掛布に組み替えられたのだった。
そして31歳最後のこの夜、わたしは部屋で一人、
鏡に映った自分の顔を眺めながらこの一年を振り返っていた。
いろいろあった。巨人ファンの係長からは辛くあたられ、
サッカー好きの彼氏にはふられた。
でも、たった一年の辛抱だと思えば耐えられた。
わたしには、うさぎがいたし、ハムスターがいた。
犬だけは、突然顔が変わった飼い主に対して吠えまくっていたけど、
今ではなついてくれている。
明日起きたら、わたしは32歳になっていて、
顔もおそらく背番号32の選手の顔にされていることだろう。
過去、背番号32をつけた有名なプロ野球選手には、
元ヤクルトの尾花や元阪神の坪井がいる。
どちらの顔になっているかは明日にならないと分からないが、
どちらにしても、掛布の顔に比べたら何万倍もいい男だとわたしは思う。

今日、以前管轄内で起きたある事件の犯人が逮捕された。
そのことを受けて、わたしは考えた。
犯人は、捕まる直前にどこかで運を落としたに違いない。
運を失った犯人は、そのせいで捕まったのだ。
運を落とした犯人と、落とし物になった運。
もしその運が誰かに拾われ、明日、わたしのところに届けられたとしたら、
わたしの明日からの人生は、ちょっとはよくなるのではないだろうか。
そう思うと、尾花か、坪井か、そのどちらかの顔で生きる32歳という一年が、
不思議と楽しみになってきて、わたしはいつのまにか笑っていた。
すると、鏡のなかでは掛布も笑っていた。


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