コピーライターの裏ポケット

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「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2013年06月30日

上田浩和 2013年6月30日放送

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伊藤くんと伊藤くん

      上田浩和

よくあるコンクリートの四角いビルだから、
一見教会だとは分からないが、入り口からなかを覗くと、
天井近くに十字架が見える。
そこには昔、伊藤くんの家族が住んでいた。
伊藤くんとぼくは小学校で同じクラスだった。
伊藤くんは、子供の頃からひどく痩せていておじいさんみたいだった。
坊主頭で頬はこけ前歯が少し出ていた。
健康診断でその見事に浮き出たあばらを見た時は、
貧乏なのかと思ったが、教会に住んでいると聞いてからは、
クラス全員が、伊藤くんのことをキリストだと思うようになった。

クラスにはもう一人、伊藤くんがいた。
そっちの伊藤くんのお父さんは、
背が高く威圧感のある地元の権力者で、
小学校のPTA会長もしていたが、
子供と視線を合わせようとしない人だった。
お父さんが嫌な目立ち方をしていたもう一人の伊藤くんは、
クラス中からいつも一定の距離を置かれ、
なんだかとてもかわいそうだった。

伊藤くんと伊藤くんは、仲が良さそうではなかったけど、
一度だけ二人が特別な存在に見えたことがあった。
体育の時間、クラス全員にTシャツが配られたことがあった。
それは、背中に大きくそれぞれの出欠番号と名前が
アルファベットで印刷されたもので、
野球選手のユニフォームみたいだとみんなで目を輝かせた。
なかでも二人の伊藤くんのは特別だった。
キリストの伊藤くんは伊藤清一だからS.ITOH、
PTAの伊藤くんは伊藤博樹だからH.ITOHと、
二人を区別するためにつけられた、
「S」と「H」がみんなにはうらやましかったのだ。
二人がそのTシャツを着て並ぶと、
その時だけは、誰もがうらやむ仲の良いコンビに見えた。

でも、しばらくすると、キリストの伊藤くんは、
家族といっしょにイスラエルに行ってしまった。
それ以降、教室から、キリストに常に見つめられているような
不思議な緊張感がなくなった。
そして、PTAの伊藤くんは少しずついじめられるようになった。
原因は「H.ITOH」のTシャツにあった。
キリストの伊藤くんがいなくなった以上、
区別するためのHに意味がなくなり、
PTAの伊藤くんは、ただのHな伊藤くんということになったのだ。
伊藤くんは「スケベ」「エロ」と揶揄されるようになった。
散々言ったあと、クラスの男子たちは、
必ず最後に「お父さんに言うなよ」と付け加えていた。
ぼくもいっしょになって言った。
そんなPTAの伊藤くんも、4年生にあがる頃、
お父さんが問題を起こしたか何かでどこかに転校していった。
そして、クラスから伊藤くんはいなくなった。


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2013年06月23日

細川美和子 2013年6月23日放送

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19時55分。

         細川美和子

その場所にはひとりできたかった。
ひとりできたかったのに
いざひとりできてみると
手持ち無沙汰で、退屈で、
ついついケータイをみてしまう。
ツイッターやら、フェイスブックやら
インスタグラムやら、はては会社のメールまでを
ついついのぞいてしまう。
そして見たくもない情報を見つけてしまう。
その情報を頭からふりはらって、
ふたたびその場になじむ努力をしてみても、
やはり退屈は過ぎ去らない。
時間がたてば、その場の流れが見えてきて
おもしろみがわかるかと思ったけど、
いつまでたっても、どうにもいたたまれない。
すこし寒くなってきた。
昼間はあんなに暖かかったのに。
そしてついついどうでもいいような
メールをみずから打ってしまう。
ふだんなら打たないようなよけいなメールだ。
返事がくるとありがたくて、すぐに返してしまう。
そのくせ、肝心なあの人には連絡ができないんだ。
こんなことをかみしめるために、
ひとりでこんな遠くまで
来たわけではないんだけど。
今日もやっぱり自分がなにを
したいかわからなかった。
生まれてから、ずっとそうだ。


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2013年06月16日

小松洋支 2013年6月16日放送

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小松洋支

留学したのはインディアナポリスだった。
ニューヨークとか、ロスとか、シカゴとか、
大都会はちょっと気が引けたのだ。

英語で日常の用を足せるようになるまで、半年かかった。
授業はヘビーだった。
毎日のように宿題が出る。
1週間で本を何十ページも読まなくてはならない。
辞書を引き引き、レポートを書く。
寝るのはだいたい3時過ぎだった。

寮のルームメイトはジェーフンといった。
フルネーム、尹戴薫(ユン・ジェーフン)。
韓国人だ。
彼も英語で苦労していた。

外出する時間が惜しいので、
僕とジェーフンは交替で食事をつくった。
といっても、パンにベーコンとレタスをはさんだり、
パスタに缶詰のトマトソースをかけたり。
そんなところだ。

あるとき僕が「ドラゴンボール」のTシャツを着てキャンパスを歩いていたら、
クルーカットの大男が叫び声をあげて突進してきて、
ぜひそれを譲ってくれと言った。

小さすぎてきみには着られないよ。
着るんじゃない。飾るんだ。

それがテッドとのはじめての会話だった。
テッドは僕らの寮の3階に住んでいて、出身は東隣のオハイオ。
両親が離婚して実家と呼べるものがなくなったので、
とりあえずインディアナ州に来てみたのだと言っていた。

テッドは中古のダッジを持っていた。
ふだんはガールハントに使っていたが、
気が向くと僕とジェーフンをドライブに誘ってくれた。

いちばん鮮明に覚えているのは、3年生の夏。
ミシガン湖に連れて行ってもらったときのことだ。

地図で見るとちょっと北に行けばいいように見えるが、
実際には埃っぽい道をうんざりするほど走るのだった。

それでもミシガンの岸辺に立つと、湖はとほうもなく青く、大きく、
涼しい風が絶え間なく吹いていた。

なんて気持ちいい風なんだろう、
僕は心のなかでつぶやいた。

そのとき、ジェーフンが何かを口ばしった。

え、いまなんて言ったの?
「風が気持ちいい」って、韓国語で言ったのさ。
風って、なんて言うの?
「パラム」。

テッドの方を見ると、
まぶしそうに目を細めて湖の上のさざ波を眺めていた。

僕は思った。

テッドには、いま、きっと「wind」が吹いている。
ジェーフンには、いま「パラム」が吹いている。
そして僕には、いま「風」が吹いている。

湖から吹く風のなかで、
僕は、
僕らは、
なぜだかとても幸福だった。


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2013年06月09日

大貫冬樹 2013年6月9日放送

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スカウト

         大貫冬樹

渋谷を歩いていたら、長いあごひげの男がぼくに近づいてきた。

「サンタクロースになりませんか?」

6月に、ずいぶん季節感のないスカウトだった。
どうやら夏から研修があるらしい。
トナカイを手なずける方法や、
煙突のない家にこっそり入りこむ手順。
あと、正しいあごひげの生やし方とか。
一人前のサンタになるには、半年かけてみっちり学ぶことがあるため、
毎年この時期に、とてつもなく暇そうな人を探しているそうだ。
確かにぼくには、クリスマスはもちろん、
明日以降の予定などひとつもない。
今日も、姉ちゃんが夕飯をごちそうしてくれるというので、
それまでてきとーに時間をつぶしていただけだ。
「あなたは見た目もやさしそうで、かなりの逸材です」
男はそんなふうにぼくを口説きにかかった。

話によると、クリスマスの夜、世界でごく一部の子供は、
枕元にふたつプレゼントをもらうらしい。
ひとつは、親がサンタになってくれたもの。
もうひとつは、本物のサンタがくれたもの。
本物のサンタは、意外と現実的だった。
すべての子供のところに行こうとはしない。
いい子のなかでも選りすぐりのいい子にだけ、
彼らはプレゼントを届けるのだ。
去年、日本で選ばれたのは107人。
いい子にしてないとサンタさんが来ないというのはウソではなかった。

ぼくはちょっと考えて、後日返事をすることにした。
名刺をもらって男と別れたあと、予定どおり姉ちゃんと夕飯を食べた。
姉ちゃんは、月に2回くらいごちそうしてくれる。
ひとつしか年が違わないのに、
小さい頃からぼくばかり助けてもらっている。
そういえばいつかのクリスマスに、
姉ちゃんだけプレゼントをふたつもらったことがあった。
生活のこととか、いろいろ心配そうに聞いてくる姉ちゃんを見ながら、
サンタがしたことは正しいなと思った。

友達やどうしようもない弟にもやさしいいい子に、
今年もちゃんとふたつ目のプレゼントが届くだろうか。

ひとまずぼくは、あごひげを伸ばしはじめることにした。


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2013年06月02日

大石雄士 2013年6月2日放送

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「湖」

         大石雄士(たけし)

そこの湖は、釣りマニアの間で密かに人気の釣りスポットだ。
今日もマニアックな雰囲気を醸し出したおじさんたちで溢れている。
ここの湖では、珍しい魚が釣れるわけではなく、
水のつく変わったものが釣れるのだ。

最初にきたとき、ボクはビギナーズラックで水ようかんをつり上げた。
それを、水辺でおいしくいただいた。
水からつり上げたばかりの水ようかんは、余計にみずみずしかった。
次に来たとき釣ったのは、みずたまもようのパンティー。
丁寧に、履いていた人の顔写真までクリップでとめてあったので
ドキドキしながら見てみると、たいそうな老婆だったので、そっと湖に戻した。

他にも、80年代の名曲「水のルージュ」のシングルCDや、
水疱瘡のウィルスなど、いろいろなものをつり上げた。
だが、ボクの本当に目当てのものは、まだ釣れていない。
そう、ボクが釣りたいのは、水原希子。モデルの水原希子だ。
テレビで見て、あのクールな笑顔に心を奪われてしまったのだ。
1年前、となりの釣り人が、女優の水野美紀を釣りあげて
クルマのトランクに放りこんで持って帰っていったのを偶然見て、
ボクの天使、水原希子もここで釣れるのではないか、いや釣れると思い、
休日すべての時間を費やして、ここで釣りをしているのである。

水原希子が釣れたら、どんな話しをしよう、どこにデートいこうとか、
今日も一日、妄想をふくらませて釣り竿をにぎっていた、まさにそのとき
釣り糸が今までにないくらい、グググっと強くひっぱられた。
この重さ、この感触、間違いない。水原希子だ。
ボクは確信し、彼女に出会うため、チカラと気合いを込めてリールをまいたら
ザッパーンと音を立てて、それはそれは、巨大な建造物がつれた。
JRお茶の水駅だった。
周りの釣りマニアも、「すごい大物だぞ!」と騒いでいる。
駅にしがみついてきた駅員と売店のおばさんも一緒に釣り上げた。
そして、この湖のそばに、まったく電車が通っていないJRお茶の水駅ができた。

電車が通っていない駅を利用する人など、
もちろん誰もいないので駅員さんはやることがなく、毎日眠りほうけている。
そして給料をもらえないせいか、ここ最近やつれてきているようにも見える。
ボクは、また水ようかんを釣って、差し入れでもしようかな、と思った。


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タグ:大石雄士
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