コピーライターの裏ポケット

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「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2013年07月28日

上田浩和 2013年7月28日放送

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待ち合わせは、ゆうぞうくんの下で。

              上田浩和

ゆうぞうくんは、頭が大きい。
体格はふつうなのに頭だけは縦10m、直径3mくらいあり、
街のシンボルになっている。
待ち合わせ場所として利用する人もいるくらいだ。
ゆうぞうくんにはさつきさんという好きな女性がいる。
さつきさんも、ゆうぞうくんを待ち合わせ場所にしていた一人で、
いつだったか待ち合わせ相手が急に来れなくなったことがあり、
ゆうぞうくんとさつきさんは、そのときはじめてデートをした。
はじめてのキスは3回目のデートの帰りだった。
そのとき、ゆうぞうくんの頭は幸せの成分でどんどん膨らんで、
ついには気球みたいに空に浮かび上がってしまった。

街はすぐにジオラマのように小さくなり、
遠くから富士山が話しかけてきた。
「どうしたんだい?」
「恋をしてるんだ」とゆうぞうくんは答えた。
「そういうことなら彦星に相談するといい」
富士山はそう言うけど、彦星は遠い宇宙にいる。
「じゃあ、ぼくがJAXAにかけあってあげるよ」
と言ってくれたのは、羽田空港に向かう途中の飛行機だった。
おかげでゆうぞうくんは、JAXAが手配してくれた宇宙ロケットに
またがって宇宙へ彦星に会いに行くことができた。
彦星は無重力生活が長いせいか浮ついた奴だったが、
恋については人類が誕生する前から頭を悩ませてきただけあって、
なんでも相談にのってくれた。

それから3日後の夜。
ゆうぞうくんはさつきさんを誘って星を見に出かけた。
丘の上から見上げた空には星が無数に光っていた。
8時ちょうど。
ゆうぞうくんは、ある星に向けてウィンクをして合図を送った。
その星は、オッケーとばかりに大きく瞬くと、
地球にむかって流れはじめた。
長い尻尾を持った完璧な流れ星になったその星は、
もちろん彦星。
ゆうぞうくんはあのとき彦星と、
3日後の夜8時ちょうどに流れ星になってくれるよう
約束を交わしていたのだ。

そんな彦星の流れ星に、ゆうぞうくんは願いごとをした。
隣にいるさつきさんの心に刻み付けるようにゆっくりと、
さつきさんとずっといっしょにいたいです、
と3回、大声でくり返した。
それを受けてさつきさんも、
ゆうぞうくんとずっといっしょにいたいです、
と3回、照れた声で小さくくり返した。

今では、ゆうぞうくんは、街の恋のシンボルになっている。
ゆうぞうくんの下で待ち合わせするとその恋は実るという噂もある。
その後の彦星についてだが、
彼は流れ星として地球に降ってきたあと、
この街のホストクラブでぶいぶいいわしているそうだ。


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2013年07月21日

細川美和子 2013年7月21日放送

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迷子

            細川美和子

団地に住んでいた小学生のころ。
すぐ近くの公園に白い子犬が迷いこんできた。
ほんとは犬が飼いたいのに
飼えない団地の子どもたちの多くは、
それはもうよろこんだ。
こっそり給食の牛乳やパンを持ち帰ってあげて。
放課後にはみんなでその公園に集まるのが
楽しみになっていた。
でも、だんだん子犬は大きくなって。
給食のパンじゃ、足りなくなったんだね。
ごはんをあげおわったあとも、
子供たちのあとを追い回すようになった。
中には、こわくなって逃げだして
転んでしまう子も出てきた。
だんだん、近づかなくなる子もでてきた。
そんなある日。
いつものようにパンをもって公園に着くと、
目の前を檻のついた車が走っていった。
その檻の中には、哀しそうな顔の
あの白い犬がのっていた。
わたしはびっくりして泣き出した。
泣き出したまま、走って車を追いかけた。
追いかけて、追いかけて、
でも、もちろん追いつけなかった。
気がつくと、町の知らない場所にきていた。
帰り道もわからなくて、途方にくれていると
むこうから必死の形相で走ってくる人がいる。
お母さんだった。
近所の人に、おたくのお子さん、
走ってついてっちゃったわよ、と知らされたらしい。
エプロン姿で、ものすごい顔で、走ってきてくれた。
よくこの場所がわかったなあ。
けっこう走ったんだけどなあ。
そのぼんやり思いながら、また泣けてきた。
あの子犬は、お母さんに見つけてもらえなかったんだなあ。
ごめんね。


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2013年07月14日

小松洋支 2013年7月14日放送

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しゃぼん玉

            小松洋支

しゃぼん玉って、いまは買うものなんだね。
ぼくが子どもの頃は、つくるものだった。
洗面所にある石鹸と水道の水でね。

お母さんに使わないコップをもらって、
ちょろちょろ水を出した蛇口の下で、石鹸を揉むようにして
コップに石鹸液をためるんだ。
薄すぎるとしゃぼん玉ができないけど、
濃ければいい、というものでもない。
それに、どんな石鹸かによって、しゃぼん玉の出来が違う。
坂本くんがつくるしゃぼん玉は、
ぼくのより虹色が濃いような気がして、
石鹸を見せてもらいに、
坂本くん家まで行ったこともあったっけ。

台所の食器用洗剤をうすめて吹くと、
小さなしゃぼん玉がいくつもいくつも飛び出してくる。
しゃぼん玉どうしがくっついて、
くるくる回ったりするのが好きだった。
洗濯機の脇においてある「ザブ」の粉を水に溶かして吹くと、
びっくりするくらい大きなしゃぼん玉ができて、
でも、すぐに丸い輪郭がおぼろに霞んで、
ふーーっと消えてしまうんだ。
「はかない」という言葉を聞くたびに、
ぼくはあの「ザブ」のしゃぼん玉を思い出す。

あれは、夏休みが始まろうとしていた頃だったな。
もうニイニイゼミが鳴いてたから。
ぼくは坂本くんと池浦くんと3人で、
踏切のそばの石垣に座って、しゃぼん玉遊びをしてたんだ。
と、ぼくらの前のアスファルトの道を
同じクラスの女の子が何人か通りかかった。

彼女たちもすぐぼくらに気づいて、
しゃぼん玉を追っかけたり、手のひらでパチンと割ったり、
みんなキャーキャー笑って、お互いにふざけあった。
でも、ひとりだけ黙ったまま立ってる子がいた。

高梨道子という名前の、色の白い小柄な子だった。

ぼくは石垣から飛び降りて、女の子たちのまわりを歩きながら、
わざと顔めがけてしゃぼん玉を吹いたりした。
でもその子は、どこか遠くに目をやっていて、
はしゃいでいるぼくたちの方を、一度も振り返ろうとしなかった。

2学期が始まった日、先生はその子が尾道というところへ
転校していったと教えてくれた。
「えーーー」とぼくは声に出して言った。
それから取りつくろうように「おのみちって、どこ?」と叫んだ。

帰り道、石を蹴りながら踏切の前まで来たとき、
ぼくは思わず立ちどまった。
目の前に線路があった。
この線路は尾道に続いてるんだろうか。
貯金箱の中のお金で尾道までの切符は買えるんだろうか。
そんなことを考えてたんだよ、真剣に。
空にはもうアキアカネが飛んでたな


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2013年07月07日

勝浦雅彦 2013年7月7日放送

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「平凡保険」

         勝浦雅彦

その日、東京には初雪が降った。息を吸い込むと、
胸の奥がちりちりと痛くなるような寒い夜だった。

ベッドの前には人だかりができていた。横たわるのは、ひとりの老人。
もう意識はないが、その表情は穏やかだった。ふいに、心電図が波打つのをやめた。
無機質な電子音が鳴り響くと看護婦がちらと医師の顔を見た、彼は進み出て告げた。
「ご臨終です」
人々が息を飲んだその時、
「カット!」
という勢いのある声が響いた。
ざわっと、その場の緊張がほぐれていく。メガホンを持った男が叫んだ。
「これで、友人、知人役の役者さんの勤務は終了です。
親族役の方は引き続き、葬儀を行いますので、移動をお願いしまーす」

田中かずみは、看護帽を脱ぐと、ふっとため息をついた。

「平凡保険」
その保険会社の面接で、取扱い商品の名を聞いたかずみは、キョトンとした。
でっぷり肥った、面接官は真顔でこういった。
「田中さん、あなたは自分の人生をどう思っていますか?
お話からして、きわめて平平凡凡。
おや、ご不満ですか?でも、それは最高の幸せなのですよ。
平凡であることの価値をわかってらっしゃるお客さんはたくさんおります。
そういう方は、自分の大切な人に対して、不動産でも膨大なお金でもなく、
誰から見ても普通で平凡な人生を残そうとするのです」

平凡保険の仕組みはこうだ。

たとえば、両親を亡くした子どもがいるとする。平凡保険に入っていれば、その両親の代役がその人生にそっと入りこみ、今までどおりの生活を送らせるのだ。
物心がついていた場合、速やかに催眠療法がおこなわれる。
かくして、受取人はまるで人生に波風など立たなかったように生きていける。

かずみは、5年前、息子夫婦と孫を事故で亡くした老人への平凡保険業務を今夜で終えたのだった。天涯孤独だったはずの老人は、家族や知人に看取られ安らかに旅立った。
むろん、演技研修を受けた、保険会社の社員や、外部委託の役者たちだが。

帰宅したかずみは、部屋のコタツに入り、みかんを食べながら考えた。
そもそも、平凡平凡っていうけど、平凡な人生なんてあるんだろうか、と。

かずみは押し入れから、古いビデオテープが入った箱を取り出した。
九州の実家の物置の奥底にあったのを見つけ、こっそり持ってきたものだ。

ビデオの中では、産声を上げたばかりのかずみの泣き顔や、
母がかずみを抱き上げて、父に笑いかける姿が映っていた。
よくあるシーン。かずみはひとり言をつぶやいた。
ちょっと笑いがこみあげてきた。
これが平凡なら、それはそれでいいのかもしれない。
あの面接官に言われたときはちょっと、むっとしたが、
私はけっこう幸せなのだ。
そんなことを考えながら、
かずみはテーブルにつっぷして、いつしか眠りについていた。

「カット!」
もう少し見続けていたら、かずみは、
ビデオの中の両親に向かって叫ばれた誰かの言葉を
聞いたかもしれない。
「ダメダメ、そんなんじゃ!この子は『愛情豊かに育てます特約』が付いてるんだから,
もっと可愛がってあげて!それじゃ、よーい、スタート!」

その晩、かずみは両親の夢を見た。


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