コピーライターの裏ポケット

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「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2013年09月29日

細川美和子 2013年9月29日放送

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ねごと

       細川美和子

そんなに好きだったわけじゃないのに。
なぜか、わたしはその人の名前を
ねごとで口走ってしまうらしい。
何年も前に、数ヶ月だけ恋人だったひと。
ほかにももっと好きな人はいたし、
ほかにももっと長い間つきあった人はいた。
それなのに、なぜか
わたしはその人の名前を
口ばしってしまうらしい。
そのことは、最近海外旅行にいっしょにいった
女友だちの指摘で知った。
やさしい彼女は、
とてもいいにくそうに、
その事実を教えてくれた。
恥ずかしいのもさることながら、
これでは、新しい恋ができないじゃないか、
とわたしはあせった。
というか、ここのところ恋が長続きしないのは、
そのせいだったんじゃないだろうか。
ねごとでほかの人の名前を毎晩いわれたら、
わたしだってたまったもんじゃない。
もう何年も会ってないそのひとに、
怒りをぶつけたくなった。
あなたのせいで、わたし一生結婚できないかも。
どうしてくれるのよ。
「じゃあ、またつきあえば?」なんていわれたらどうしよう。
「おれが責任とるよ」なんつって。
あれ?わたし、未練たらたら?
そんなことない。そんなことないもん。
あんなひと、そんなに好きじゃなかったもん。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/



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2013年09月22日

勝浦雅彦 2013年9月22日放送

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最終回

         勝浦雅彦

はい、今週のヘビロテ、三連発でした。

さあ〜て、いよいよお別れのときが来ちゃいました。
足かけ10年かあ。毎週日曜日、夜の22時から30分、
一度もお休みすることなくこの番組を続けてこられたのも、
ラジオの前のみんなと愛すべきスタッフのおかげかな。
ホント感謝です。

この番組がはじまった頃は、まだ小娘だった私も、
今では「サキ姉」なんて呼ばれて堂々としたアラサーになりました。
でも気持ちは乙女そのもの…ちょっと鈴木D、今笑ったでしょ?
覚えておきなさいっ。
まあ、あなたとの長い付き合いに免じて焼肉一回で手を打つわ。

いけない、残り時間もわずかなのに、ムダ話に使っちゃった。

さて、今から最後のお便りを読もうと思います。
毎週たくさんのお便り、ほんとサンキューね。
恋バナからマジな人生相談まで、私なりに、みんなと一緒に、
悩んだり、考えたり、励まし合ってきたつもり。
最後も、精いっぱい気持ちを込めて読みます。

では。

サキ姉 こんばんは。
この番組が終わると知って、とても寂しく思っています。
私はずっとサキ姉のラジオを聞いてきました。ずっと、ずっとです。
だから、サキ姉の声の微妙なトーンで、何かいいことがあったな、とか、
落ち込んでいるな、とかが大体わかるようになりました。
私がある事に気づいたのは、2年前ぐらいからです。
番組でラブソングが流れた後の、サキ姉の声のトーンが、
それまでとはまるで違うことに気づきました。
それは他の誰かからすれば、あまりに細かな違いかもしれないけれど、
私にははっきりとわかったんです。
サキ姉、あなたは恋をしていますね。
それだけではない、この半年で、サキ姉の声が少しかすれ始めました。
最初は、疲れているのだな、と思いました。
でも、私は思い出したんです、女性は、ホルモンのバランスに変化が出ると
声が変わってしまう事がある…。
私はようやくすべてを理解しました。
なぜこの番組が終らなくてはいけないのか。
ホルモンの変化、それが目に見えて起きるとき。
おめでとう!サキ姉と、新しい命に。

…みんな、ありがとう。
私はラジオの前のみんなと誰一人として会ったことはないけれど、
こうしてブースの窓から街を見ると、
遠くの光の向こうに、みんなの息づかいを感じます。

私はこれからしばらくの間、ゴシップ大好き、下ネタOK、
ガハハと笑うみんなのサキ姉から、一人の女の子に戻ります。

あ、鈴木Dがまた笑った。女の子って年かよって顔してる。
相変わらず女心のわからんやつよ。
でも、鈴木Dをこう呼ぶのも今日で最後。
こんどからはそうねえ、「あなた」って呼ぶのかしら。
おえっ気持ちワルっ。
まあ、いいわ、三人で楽しくやれるといいけどねえ。

時間が来ちゃった。最後にひと言だけいわせてください。

おまえら、最高だよっ!


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2013年09月15日

小松洋支 2013年9月15日放送

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空箱

        小松洋支

パン屋とクリーニング屋に挟まれた店は、
シャッターが閉じられていた。
いつもそこを通っているのに、何の店だったかもう思い出せない。
シャッターの前にはいろいろな大きさの箱が積まれていて、
「空箱(からばこ)、自由にお持ちください」
という貼紙がしてある。

本を実家に送り返そうと思っていたところだったので、
手頃なのをひとつ、もらって帰った。

本棚の前で箱を開けてみると、
中にはよく晴れた青い空が広がっていた。
空箱(からばこ)ではなく、
空箱(そらばこ)だったのだ。

どこからか雲が流れてくる。
薄い、ふわっとした、白いスカーフ状のものが、
くるくると丸まったり、端っこが伸びたりして、
いつのまにか翼をひろげた大きな鳥になっている。
気がつくと、時間がたつのを忘れて箱をのぞきこんでいた。

それからというもの、
朝起きるとすぐに空箱(そらばこ)を開けるのが日課になった。

箱の中の空は、おおむね晴れていた。
おなじ晴れた空でも、光の加減や雲の様子が違っていたし、
空の青が、群青にちかい日や、
すみれ色に見える日など微妙な違いがあって
毎日眺めていても飽きることはなかった。

まれに薄曇りの日もあったが、
そんなときもしばらく眺めていると、ゆっくりと陽がさしはじめ
やわらかい光がだんだんひろがっていって、
まるで空全体がオパールになったように思えるのだった。

ある日、空箱(そらばこ)を開けると、なにかが激しく顔を打った。
雨粒だった。
真っ暗な空から大きな雨粒が、
いくつもいくつもこちら目がけて飛んでくる。
と、いうことは。
それまで考えもしなかったが、箱の中の空は自分の下ではなく、
上にあるのだ。

そう思ったとたん、体が天井へと落下した。
豪雨でずぶ濡れになりながら、
床に置いてある空箱(そらばこ)を見上げると、
どす黒い雲を縫うように、閃光が走った。

次の瞬間、
ガリガリガリッ。 ドーーーン。
轟音が響きわたって空箱(そらばこ)から天井に落雷し、
蛍光灯が砕け散った。
空箱(そらばこ)は自分の雨で段ボールがぐにゃぐにゃになり、
放電の勢いで吹き飛んだ。

翌日、空箱(そらばこ)が積んであった所に行ってみた。
閉店したのが何の店だったのか、知りたかった。
だが、パン屋とクリーニング屋は隣り合っていて、
その間には、何もなかった。


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2013年09月08日

上田浩和 2013年9月8日放送

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山田

     上田浩和

今年最後に蚊に刺されたのは9月18日で、
ぼくはテレビを見ていた。
日曜夕方の大喜利の番組。
その日は黄色ががんばっていた。
紫がいつもの腹黒さで場を盛り上げていた。
ピンクがいつものようにさえないことを言っていた。
オレンジが師匠譲りの元気さだけで乗り切っていた。
左腕に蚊が止まっていることに気がついたのは、
お題が3問目に移ろうとしたそのときである。
すでに蚊は足場を固めぼくの血を吸いはじめていた。
どんどん真っ赤にふくれていく蚊のお腹を見ながら
ぼくは考えていた。
そういえば、この大喜利の番組には赤い着物の人がいない。
戦隊物ではリーダーと決まっている赤がいない。
いや、いた。
ちょうどそのとき、画面右から赤い着物の男が現れ、
黄色の座布団を全部持っていき、
番組はその日一番の盛り上がりを見せていた。
赤は山田隆夫か。
蚊のお腹がじゅうぶん膨らむのを待ってぼくは右手で叩き潰した。
当然、左腕には、潰された蚊と血の跡が残ったが、
なぜだかぼくにはそれが山田隆夫の死体に思えてならなかった。

苦悩した末、警察に出頭した。
座布団運び殺しの容疑で緊急逮捕される運びとなった。
鑑識が現れ、白い粉をぽんぽんして去って行った。
刑事や警官たちに取り囲まれ、実況検分が行われた。
それが終わったあともしばらくのうちは、
死体を囲む白いラインが蚊の形になって残っていた。

取調室でぼくは訴えた。
画面向かって左から、水色、ピンク、黄色、銀色、紫、オレンジ。
あの6人は、落語家であってもう人間ではないのだと。
その証拠に普通の人間に大喜利なんてぽんぽん答えられますか?
あいつらの体内に流れる血は、もう赤くはないのだ。
あいつらを刺せば分かる。俺に刺させろ。
あいつらは、きっとピンクの血を流し、水色の血を吐くに違いない。
俺は山田隆夫をまだ人間のうちに、
落語家になる前に、まだ赤い血が流れているうちに、
座布団運びから解放してあげたのだと。

結果的に、その訴えが元で精神鑑定に回されることになり、
今、ぼくは留置所にいる。
暑くもなく、寒くもなく、いい季節に入れてよかったと思っている。
あの夜以来、蚊の姿は見ていない。


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2013年09月01日

小山佳奈 2013年9月1日放送

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「ケチャップがついてるのかと思った」

          小山佳奈

ケチャップがついてるのかと思った。
何にでもケチャップをかける先生だったから、
今日もうっかりシャツにケチャップを
こぼしたんだろうと思ったら違った。
廊下でうずくまっている先生の
胸のあたりに広がった赤黒いそれが
ナポリタンをおいしくさせるものでないことは
舐めてみなくても明らかだった。
その場に居合わせたヨウコは吐いた。
当然だ。
学校でそうそう血まみれの人には遭遇しない。
私はヨウコの背中をさすりながら
思ったよりもキレイじゃないなと思った。
もっともっと血は鮮やかで艶やかで
完璧な赤であるべきだと思った。
警察の人がたくさんいて泣いてる生徒がたくさんいた。
そうこうしてるうちに先生の奥さんが現れた。
奥さんの泣き声があまりにもすごくて
まわりの生徒の何人かは泣きやんだ。
第一発見者だった私とヨウコは警察まで行ったが
先生を刺した犯人が捕まるとすぐに家に帰された。
やる気のなさそうな中年の警察官が帰りのパトカーの中で、
先生は女子更衣室をのぞいていた変質者をつかまえようとして
逆ギレしたそいつに刺された、
幸い命は取りとめたようだと教えてくれた。
美術部の顧問の分際で慣れないことしなきゃいいのに、
とぶつぶつこぼしていた。

家に帰ったが真っ暗だった。母は今日も帰ってこない。
きっとまた若い男のところに行ってるんだろう。
お腹が減っていた私は、鍋に湯をわかしスパゲティをゆでた。
冷蔵庫から玉ねぎとピーマンを取り出してざく切りにし
缶づめのマッシュルームと一緒にオリーブオイルで炒めた。
そこにゆであがったスパゲティを入れ、
最後に大量のケチャップを合わせて皿に盛った。
出来あがったナポリタンを口に運ぶ。
途端に涙があふれ出した。
赤い血。
先生の赤い血。
真っ赤なウソだった。
私にはもうすぐ離婚するなんていってたのに。
本当の赤を教えてくれたのは先生だった。
ダリの赤、マティスの赤、
ピカソ、ゴッホ、モンドリアン。
奥さんはお腹が大きかった。
先生がよくつくってくれたナポリタン。
先生のナポリタンはケチャップが多かった。
ケチャップの味しかしないと言ったら
ケチャップはどんな料理もごまかせるんだと笑っていた。
真っ赤なウソを集めたナポリタン。
ホントはわかってたくせに。
泣いてる私は、アンポンタンか。
目の前のナポリタンが
赤を吸ってどんどん膨らんでいく。
世界中のウソが増殖していく。
私はいつまでも泣きやまない。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/

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