コピーライターの裏ポケット

こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2013年10月27日

上田浩和 2013年10月27日放送

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元やくざ

               上田浩和

お腹がすくと、きまって元やくざがやってくる。
元やくざにはなるべく会いたくないので、
ぼくはちゃんと食べるようにしているのだが、
ついつい今日は昼を抜いてしまった。
忙しかったとはいえ油断した。
腹が鳴った。けっこう大きな音だった。
その音を聞きつけて、そろそろ元やくざが現れるはずだ。
「…えっと」
ほら、やっぱり現れた。
元やくざはいつだって足音もなしに突然目の前に現れて、
なにかしゃべればいいのに、
言うことといえば十分に間を置いたあとの「えっと」だけだ。
元やくざは高倉健に似ている。年齢的にも高倉健で、
声も不器用なところも高倉健で、高倉健感がはんぱないのに、
右手の小指はかっぱえびせんで、
そこだけが決定的に高倉健とは違う。
元やくざは、かっぱえびせんマンなのである。
組長に組を抜けさせてほしいと言った日、
元やくざは出刃包丁で右手の小指を切り落とした。
痛くて痛くてはやくつなげなきゃ、
と転がった小指の先端を探したがどこにも見当たらず、
焦った末、テーブルの上にあったかっぱえびせんをつけてしまった。
その瞬間、元やくざは、やくざを辞めると同時に
かっぱえびせんマンになった。
心根の優しい元やくざは、やくざよりも、
かっぱえびせんマンとして人助けをするほうが性に合っていた。
街にお腹をすかせて困っている人がいたら、
どこからともなく現れ「…えっと」と言いながら、
その人の口元に自分の右手の小指を差し出す。
差し出された方は、最初なんのことだか分からないが、
小指がかっぱえびせんであることに気付くと、
「食べろってこと?」と尋ねる。そして最初は、誰でも断る。
たとえかっぱえびせんだとしても、
他人の小指を口に入れる気は起こらないからだ。
でも、元やくざの高倉健的な目に見つめられると、
高倉健的な不器用さで「…えっと」と言われると、誰も断れない。
みんないつのまにか齧っているのであった。

「…えっと」
ぼくが黙っているので困った元やくざは、
本日二度目の「…えっと」を言った。
ここまできたら仕方ない。あきらめて一口齧るが、
サクッとはしていない。
元やくざの小指のかっぱえびせんは、
普通のかっぱえびせんよりも、
だいぶしけっているし、かなりしょっぱい。
その理由は、元やくざが
小指で鼻をほじっているからに違いないと街の人々は言う。
ぼくもそう思う。
だからぼくは元やくざにはなるべく会いたくないのである。


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2013年10月20日

細川美和子 2013年10月20日放送

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インスタント

          細川美和子

料理するのがつらくなってしまった
たべてもらいたいひとができて
そしていなくなってから
あんなに好きだった料理が
おいしくできればできるほど
ああ、たべてほしい…
ってその人を思い出してしまう、
つらいものにかわってしまった

ふられたことよりも
そのことがかなしかった
ああ、わたし、料理好きだったのにな
それからわたしの食生活は、衰退の一途をたどった
ごめんね、お給料をはたいてかった
フライパンや鍋や食器たち
愛してあげられなくてごめん

今まで毛嫌いしてきた
コンビニや安い居酒屋や
インスタントラーメンが
やさしい場所にかわった

あの人を思い出さないし、
どんなダメなわたしもうけとめてくれて、
っていうか、
インスタントラーメンっておいしいね
ちょっとお惣菜の野菜、のっけたりして
へぇ〜コンビニってゆでたまごも売ってるんだ
これものっけて、そうなると
ビールも飲みたいな
ビールとなると、
ちょっとつまみもつくろかな
家になんかあったっけ
あ、あの冷凍庫の豚もう使わなきゃ
トマト缶があるから、煮込みにしようかな
オレガノいれて、ふふふ、
いい豚だから、シンプルで、美味しそう、、、


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2013年10月13日

小松洋支 2013年10月13日放送

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幸せを売る男

           小松洋支

「幸せ、売ります。」
と書かれた板を両手で持ち、
雪が舞う空をときおり見上げながら、
その男は街角に立っていました。

灰色のとっくりセーターに、ところどころ破れた革の上着。
兵士がはいているような裾のつぼまったズボン。
泥だらけのブーツ。
足もとには大きなトランクと、毛むくじゃらの犬。
茶色がかった穏やかな眼が、帽子の庇ごしに世間を眺め渡していました。

朝からずっと、男はそこに立っているのでしたが、
行き交う人々は、皆ちらと視線を送るばかりで近寄ろうとはせず、
ただ学校帰りの子どもたちが物珍しげに男を取り巻いて
口々に話しかけたり、犬を撫でたり、
その時ばかりはにぎやかだったのですが、
やがて潮が引くように子どもたちもいなくなり、
夕闇が迫ってきました。

停車場が近いというのに、夜になると人通りはごくまばらになり、
雪は勢いを増して降ってきましたが、
男はずっとそこに立ち続けていました。
酔っ払いが通りかかって、物乞いと間違えたのか、
小銭を放っていきました。

男が帰り支度を始めたときです。
ひとりの少女が近づいてきました。
この寒空に外套も着ないで、古びた木綿の服と、古びた頭巾と、古びた肩掛け。
裸足にすり減ったサンダルを履いています。

「あの、あなたは幸せを売っているのですか」
少女はおずおずと男に声をかけました。
「そうですよ」

「幸せは、さぞかし高いんでしょうね」
「値段は決まっていないんです。不思議でしょう」

少女は男を見上げ、しばらくためらっていましたが、
腕にかけていた籠の中から10クローネを差し出しました。
(それだけあれば、黒パンと塩ニシンが買えるというのに)

男は硬貨を受け取り、トランクを開けて小さな包みを少女に渡しました。

「では、ごきげんよう。お幸せに」

男の後ろ姿が見えなくなってから、少女は包みをほどいてみました。
中に入っていたのは、マッチ箱くらいのオルゴールでした。
おそるおそる蓋を開きます。
と、聞き覚えのある音楽が流れ出しました。

自分がまだ幼かった頃、ふるさとの家の、緑にかこまれた庭で、
祖母がよく歌ってくれた「恋する乙女とツグミ」の歌 ―――

少女はうっとりと眼を閉じました。

次の日、人びとが朝日の中で見たのは、
幸せそうな微笑を浮かべながら、雪の中に横たわっている少女でした。


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2013年10月06日

上田浩和 2013年10月6日放送

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地上の恋とは違うのだ

              上田浩和

街のはずれの、人が一人ようやく横になれるくらいの
極めて小さい土地に家を建てた。
超がひとつじゃ足りないくらいの超高層ビルだ。
一階は、玄関。そこでぬいだ靴をいれる下駄箱は、二階にある。
三階はトイレで、四階は洗面所。五階はお風呂と言った具合に、
この最小限のスペースを最大限に活かすために、
家に必要とされる機能を各階にひとつずつ割り振っていったわけだ。
必然的に家というには高すぎて、
そしてビルというには細すぎる、
塔と言った方が近いような我が家ができた。
各階の移動はエレベーターを利用する。
ただいま、と一階の玄関をくぐって、
最上階155階のリビングに着くまでのおよそ7分間の
エレベーターの中での時間が、ぼくは好きだった。
シュルルルという箱が上昇する音を聞いていると、
パイプを通って空に帰っていくような不思議な気持ちがした。
耳がつんとする感じも好きだった。

土曜日の16時30分すぎ。
ぼくは毎週その時間になると、
最上階から窓の外に広がる東の空を見つめる。
しばらくするとそこに点が現れる。小さな点だ。
それはじょじょに大きくなり、横に広がり、
やがて飛行機の形となり、すぐそばを横切って行く。
ぼくはその一瞬を毎週楽しみにしていた。
飛行機の中からこちらに視線をおくってくる
キャビンアテンダントの女性と目が合うその瞬間を。

彼女とはじめて目が合ったのは、いつだっただろう。
ビルと飛行機との間には、それなりに距離があったが、
目が合ったことはお互い分かった。そして、引かれ合ったことも。
彼女と一緒にいたい、とは思うけど、
それが無理なことは分かっている。なにせこの家だ。
一人が限界のこの狭い家のために、
ぼくは払い終えるのに一生かかるローンを組んでいる。
印鑑を押す時は、一生独身の決心すらしたのだ。
それなのに淡い期待を抱くようになったのは、このビルのすぐ横に、
このビルと同じくらいの敷地の空き地ができたからだった。
ぼくはついついこのビルと同じビルが、そこにも建って、
そしてそこで暮らす彼女の姿を想像してしまった。
そっちのビルとこっちを空中廊下で繋げば、
自由に行き来できるに違いない。
しかし、そんな金がいったいどこにあるというのか。
それは分かっている。分かっているのに、
その想像が膨らむのを止められないのは、星のせいだ。
このビルの最上階から見える星空は、星の数にしても
ひとつひとつの輝きにしても地上からとは比べものにならない。
ほんの30分のうちに、いくつもの星が流れていく。
願い事はし放題。叶わない願い事はないように思えてくる。
明日にでも隣にビルが建ち、
彼女が引っ越してくるような気がしてくる。
これは地上の恋とは違うのだ。
何が起こるか分からないのだ。


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タグ:上田浩和
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