コピーライターの裏ポケット

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「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2013年12月29日

上田浩和 2014年12月29日放送

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サンタさんの年末年始

            上田浩和

サンタさんは、朝の空を見上げていました。
数日前のイブの日の夜、あの空をトナカイと一緒に駆け回り
子供たちにプレゼントを配ったサンタさん。
その疲れも癒えました。今日はよく晴れそうです。
サンタさんは洗濯をすることにしました。
おなじみの上下の赤い衣装と、
その下に着ていた下着とくつ下を大きな金だらいにいれると、
ごしごしごしごし。泡にまみれながら、ごしごしごしごし。
よーくすすいだところで、あ!
サンタさんは小さな悲鳴をあげました。
白かったくつ下が、ピンクになっているのです。
パンツもです。どうやら赤い衣装の赤が色移りしたようです。
それだけではありません。
勢い余って自慢のふさふさのひげも一緒にごしごししたみたいで、
ひげまでがピンクになっていました。

午後、サンタさんは奥さんに引っ張られて、
年の瀬でにぎわう町に買い出しに出かけました。
店から店に移る途中、目をきらきらさせた何人もの子供たちに、
「ありがとう!」や「あれ欲しかったんだ!」と
声をかけられてサンタさんはうれしそうでした。
家に帰ると、さっそく奥さんはキッチンにこもりました。
サンタ家では、おせち料理を作るのが年末の恒例行司なのです。
といっても、サンタさんにできることといえば、
奥さんの邪魔にならないようにこたつでじっとしているか、
トナカイの散歩くらいですけどね。

そして迎えたお正月。
おとそで顔を赤くした奥さんが聞きました。
「そのピンクのひげはなんですか?」
サンタさんは事の次第を話しました。ところがそれを無視して
「存在感をアピールしてるつもりですか」と奥さんは言います。
ひげがピンクなのは、
サンタはいないと決めつけている世の中の大人たちに対する
アピールだと奥さんは思っているようです。
「いやそういうわけでは」とサンタさん。
「必死なんですね」と奥さん。
「だから違うんだって」
「早めに春が来たようにも見えて悪くはないですけどね」
「あ、そう?」
「それか」
「それか?」
「ただのすけべえろじじいに見えます」
「すけべえろじじい…」
「大人のおもちゃでも配るような変態サンタです」
変態サンタ。
大人たちにも自分がいることを認めてほしいサンタさんは、
それもありかなあと思いながら、
重箱のなかの数の子に手を伸ばしました。
テレビでは駅伝をやっていました。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


タグ:上田浩和
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2013年12月22日

細川美和子 2013年12月22日放送

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ネコの野望

          細川美和子


ネコが干支になったらすてきなのに。
と、ネコは思った。

なにしろインターネットで
流通している動画や画像の
3分の1は裸の人間、
3分の2はネコだと、
聞いたことがある。

ネコが大好きな
人間のほうが多いのだ。
それなのになんでイヌ年はあって
ネコ年はないんだ。

神社はネコグッズで繁盛するだろうし、
すでにちまたに
あふれているネコグッズも、
ご利益がありそうだと
再ブレークするだろう。

年間10万匹以上殺されている
仲間の野良たちも、
干支となれば大切に保護されるだろう。
泣きながら殺処分しなければいけない
自治体の職員のココロの負担もへる。

年をとったネコのほうが
さらにご利益があるなどと
適当なうわさをつければ、
引き取り手のない年寄りたちも
もらわれていくにちがいない。

そもそも干支をふやしていいのか、
という議論もけっこう。
おおいにしてほしい。
特番のネタができる。

暦や占いやカレンダーに
さまざまな変更点が発生することで、
日本経済はかえって活性化するだろう。

ネコ年にこどもをうみたい、
なんてネコ好きな人もあらわれて、
少子化対策にも役立つかもしれない。

でもこれ、
どこに提案すればいいのかなあ、、、
ネコは思った。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/



タグ:細川美和子
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2013年12月15日

小松洋支 2013年12月15日放送

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           小松洋支

蜂蜜の入った甘い紅茶を飲む夢を見ていた私は、
突然めざめた。
深夜だった。
細めに開けた窓から、月の光とジャスミンの花の香りが部屋に流れこんでいた。

何かが私を呼んでいた。
とても遠いところから呼んでいた。
その声に導かれるようにドアを開け、階段を下り、
夜の庭にさまよい出た。

月が照っていた。
何の音もしなかった。
何の音もしない音 がしていた。

呼び声は続いていた。
その声には聞き覚えがあった。
それは私が生まれる以前のことだった。

私は庭にあるスズカケの木に近づき、幹を見つめた。
手と足がごく自然に動いて、気がつくと梢近くまでよじ登っていた。

「今こそその時だ」
私はそう思った。
何か が私にそう思うようにさせた。

まもなく手足の動きが止まり、
体が乾いた硬い物体に変わり、
やがてゆっくりと背中に亀裂が入った。

そこで意識が途切れた。

意識が戻ってきたとき、
私は自分に何が起こったかを悟った。

目の前に、自分が脱ぎ終わろうとしている 過去の自分の背中が見えていた。

はるかな声が、私に命じた。

「飛べ」

あたらしい私の背中で、大きな翼がはためいていた。
私の眼は万華鏡のように分割され、
夜の庭がいくつもそこに映りこんでいた。

「飛べ!」

再び声が命じた。

私はスズカケの梢を離れ、
月に向かって飛び立った。


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タグ:小松洋支
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2013年12月08日

三島邦彦 2013年12月8日放送

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「二日酔い食堂」

       三島邦彦

二日酔い食堂はオープン初日から抜群の売れ行きを見せた。

そこは大きな会社の社員食堂。
明け方まで飲み歩き、ガンガン響く頭痛とただれた胃に悩みながら
出社した社員たちが
次々と二日酔い食堂へ足を運ぶ。

二日酔い食堂にあるメニューは、その二日酔いの重さによって分けられる。
軽い二日酔いであれば、しじみ汁や月見うどん、
滋味、という言葉がぴったりの温かなスープがのどを通って胃に落ちていく。
重い二日酔いになると、坦々麺やカレー。
ひとくちひとくちが、荒れ狂うアルコールを分解するためのエネルギーにかわる。
食べ終わるころには、頭痛も胃もたれも思い出せないくらい遠くへいってしまう。
そして二日酔いを忘れた社員たちは午後を精一杯に働き、
また夜の街へと足を運ぶ。二日酔いなんて怖くないという顔をして。

二日酔い食堂の営業に陰りが見えて来たのは、
ちょうど日本で有数の大きな金融機関が破たんした頃のことだった。
何が安心なのかがわからなくなった人々は、
それまでのように無邪気にお酒を飲むことが難しくなった。

自制しながら飲むお酒は二日酔いをしない。
二日酔いは楽しすぎた時間の代償なのだ。

二日酔いの人が減ると、当然、二日酔い食堂を訪れる人は減る。
みんながみんな二日酔いをしていたから、
この会社では朝に打ち合わせをすることはほとんどなかったのだが、
二日酔いをする人が減ると、午前中にも会議が開かれるようになった。
そうすると当然、二日酔いをしている人は
だらしがない人、だめな人だと思われるようになる。
だんだんと、二日酔い食堂に行く姿を見られることが気まずくなっていった。

二日酔い食堂の閉店が決まった。
最後の客はその日で会社を辞める若手社員で、
前日は盛大な送別会だったという。
あたたかいしじみ汁が出され、
すっかり顔色を取り戻した彼は、お会計を済ませると店員に声をかけた。
「こんなにおいしいしじみ汁があるのなら、
もう少し会社にいたいですけどね。」
最後の客を見送って、二日酔い食堂はその歴史を静かに終えた。
その夜、二日酔い食堂の店主は、生まれて初めて深酒をした


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


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2013年12月01日

三島邦彦 2013年12月1日放送

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「蟹」

        三島邦彦

蟹がいた。正確に言うと、世界を呪う蟹がいた。

蟹は、蟹だ。
甲羅があってはさみがある。泡も吹けば、
ゆでると赤い。あの、蟹だ。

蟹はもともと世界を呪ってはいなかった。
というか、何も考えてはいなかった。
卵からかえって以来、自我というものを持たなかった。
蟹の寿命は短くても20年にのぼる。
この蟹は24年、自我を持たずに暮らしてきた。

自我をくれたのは、海だった。
それは厳しい冬の夜。海の上には雪がちらちらと舞い続ける。
人はできるだけ海に近づかない。それを職業とする人々以外は。

蟹は、浜辺にいた。じっと海を眺めていた。
はさみはせわしなく砂と口の間を動き続けていたが、
蟹の視線はずっと海から動かなかった。
舞い散る雪と白波が、
闇の中をほのかに白くぽわぽわと浮かんでは消えていた。

蟹は、海の向こうから自我がやってくるのを見ていた。
自我はゆっくりと、波に乗ってやってきた。
今まで脊髄反射だけで生きて来た蟹は、
それが自我だとはわからなかった。
蟹は自我に魅入られた。はさみを絶え間なく動かすほかには、
なにもできなかった。
自我はゆっくりと蟹に近づき、蟹の自我となった。

自我の到来に蟹は慌てた。世界で初めて、
自我を持った蟹となったのだから。
蟹は、他の蟹たちにも自我をもたらそうと、
浜中の蟹を集めて四列に並べた。

自我は来なかった。代わりに人間がやってきた。
人間は、蟹を一網打尽にした。

蟹がいた。正確に言うと、
世界を呪いながら死んでいった蟹がいた。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


タグ:三島邦彦
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