コピーライターの裏ポケット

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2014年01月12日

小松洋支 2014年1月12日放送

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そんな日

          小松洋支

「岩下の新生姜を買っておいてください」
というメモを残して家を出てから、
あの人は2日帰ってきていない。

そんなに心配してはいないのだけれど、
あの人が行きそうなところを、いくつか回ってみた。

手始めに、デパートの屋上。
ここからは町の四方がぐるっと見渡せる。
冬は空気がつめたく澄んで、
北の山並の輪郭がくっきりとして、
なんだか視力があがったように感じる。

屋上には熱帯魚の売り場もあって、
アラジンのランプの精が持っていそうな
「大きな刀」に似た銀色のアロワナを眺めたり、
水に浮かんでいるホテイアオイの、
あのぷくっとふくれた部分には何が入っているのだろうか、
などと考えているだけで時間を忘れる。

それから、川沿いの小学校に回る。
放課後の子どもたちが、かん高い声を上げて校庭で遊んでいる。
「高オニ」とか「だるまさんが転んだ」とか、
自分たちが子どもの頃やっていた遊びが
いまでも続いているのにちょっと感動する。
それにしても
鉄棒って、すっごく低かったんだなあ。
ジャングルジムって、こんなに小さかったんだなあ。

その次は、商店街のはじっこの「弥太郎」という焼鳥屋さん。
お昼から、夜中の3時までやっている。
皮とレバが絶品で、いつ行っても混んでいる。
アメリカ人のデイビスという常連客がいて、
いつも表の丸椅子に座っているので、
マルイス・デイビスと呼ばれている。
店の奥を覗きこむと、白髪のご亭主が
炭火の前で黙々と串をひっくり返している。

猫がよく集会を開いているバス通り裏の公園にも行ってみた。
ベンチに老犬を連れた老人がひとり。
どちらも置物のように動かない。

いないなあ。
どこへ行ったんだろう。

あきらめて家に帰ると、あの人があぐらをかいて
ビールを飲んでいた。
「どこ行ってたの、2日も?」
そう言いながら冷蔵庫を開けて、
あの人は岩下の新生姜を出してくる。
「ほら、買っといたよ、これ」

それから、お皿にハムと新生姜を並べ、ふたりでビールを飲んだ。

とくに何もしてないけど、生きてるだけで楽しい。
そんな日だった。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小松洋支 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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