コピーライターの裏ポケット

こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2014年03月16日

小松洋支 2014年3月16日放送

komatsu1403.jpg

母と子

          小松洋支

その日はよく晴れていて、電車の中にも明るい陽が射しこんでいました。
お昼近い車内はすいていました。
こんなゆるやかな時間の流れている各駅停車の窓から
沿線のなんでもない風景を見るのが好きです。

線路に近いところまでせまっているアパートの2階に、
ミッキーマウスのタオルが干してあったり。
昭和のたたずまいのパン屋さんの前で、子どもが縄跳びをしていたり。
「川をきれいにしよう」という横断幕が、小さな橋にかかっていたり。
そういうのを見るとなんだか安らかな気持ちになるのです。

とある駅に着いたときのことでした。
乗りこんできたふたりが、向かいの席に座りました。
「あ、親子だな」と思いました。
面ざしが似ているのです。
母親はやせていて顔も細く、子どもは頬がふっくらしていますが、
目もとから鼻にかけてのつくりが、そっくりです。

電車が動き出すと、母親は巾着袋を開けてドーナツを取り出し、
娘に渡しました。
娘はドーナツを持ってしばらく眺めていましたが、
ふたつに割って半分を母親に差し出しました。
母親は笑ってそれを受け取りました。

けれども母親はそのドーナツを手にしたまま、
娘が食べるのを見守っていました。
娘が食べるように促しても、うなずくばかりでした。

「お母さんも食べな」
娘が何度目かにそう言ったとき、
母親はようやくドーナツの半分をふたつに割り、
時間をかけて4分の1を食べました。
でも残りはずっと手に持っていました。

やがて乗り換えの駅に着きました。
ホームに降り立って、動き出した電車をふりかえると、
窓ごしにあの親子が目に入りました。
ふたりは黙って、でもにこやかに正面を向いて座っていました。
ドーナツの4分の1は娘が手にしていました。

母親は70歳、娘は50歳くらいに見えました。

まだ冷たい風の中に、かすかに春の匂いがするようでした。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


タグ:小松洋支
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小松洋支 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がない ブログに表示されております。