コピーライターの裏ポケット

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「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2014年04月27日

上田浩和 2014年4月27日放送

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はみだし刑事

        上田浩和

先日近くのコンビニで起こった強盗事件について、
昨日のニュースは「犯人はいまだ逃走中です」と言っていたので、
そろそろやって来るかもしれないという予感はあった。
だからチャイムが鳴り、
玄関先に二人の刑事が立っているのを見たときは、
やっぱりなと思った。
眼光鋭いベテラン風と精一杯虚勢を張った感じの若い男。
その風貌に最初はひるんだが最近ではもう慣れた。
「はみだしさんはご在宅でしょうか」
ご在宅もなにも洗面台にこびりついていますよ、はみだしさんは。
二人は家にあがると洗面所にむかい、洗面台の前に陣取る。
洗面台の淵には、
歯磨き粉がチューブから3センチほどはみだしたまま
かぴかぴに乾いてこびりついている。
掃除しないのには理由があった。
このはみだした歯磨き粉、実は刑事なのである。
だから掃除するなと言われているのである。この刑事たちから。
知らない人にはひからびた白いナメクジにしか見えないそれが、
深い洞察力と常人にはないひらめきを兼ね備えた優秀さで、
いくつもの難事件を解決に導いてきたのだという。
「はみだしさん。またちょっと行き詰まってまして。
ひとつお知恵を拝借できませんか」
とベテラン風がこびりついた歯磨き粉に向かって話しかける
その姿に、わたしはばかじゃないのと思う。
若いほうがメモを取る準備をする。
わたしは死ねばいいのにと思う。

その日の夕方、若い方から犯人が捕まったとの連絡があり、
最後に「はみだしさんに、今回もご協力ありがとうございました、
とお伝えいただけますか」と付け加えた。
そんなこと言われてもねえ。
歯磨き粉が刑事だなんてどうしても信じられない。
その空気を察したのか、
若い刑事はトーンを一段落とした声で言った。
「大丈夫です。あれは、ただの歯磨き粉で刑事なんかじゃありません」


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:上田浩和
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2014年04月20日

小松洋支 2013年4月20日放送

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長い旅
              小松洋支

飛行機には何時間乗ったかな。
10時間以上じゃなかったろうか。
直行便がないので、乗り換えをしなくちゃならなかった。
待ち時間が5時間!

やっと目的地の空港に着いたのは明け方で、
まだ日は昇ってなかったけど暑かった。
空港で働いている人たちはみんな明るくて、
大きい声で何か言っては笑っていた。

それからクルマで1時間。
事務所で係りの人がぼくの顔を見てヒューと口笛を鳴らした。
まだこの先長いよ、ということなんだろう。

違うクルマに乗ってまた2時間。
着いたのは狭い港町で、
煉瓦づくりの小さなアパートがひしめいていた。
あたりには揚げた魚とジャガイモの匂いが漂っている。
はだしの子どもたちがボールに群がっている。

クルマを運転してきた男といっしょに船に乗りこんだ。
海は凪いでいる。
底の岩礁までとどくほど陽射しが強い。
ウミネコが鳴いている。
いくつも島が見える。
あの島かな、と思うと通り過ぎる。
また通り過ぎる。
ときどき浜辺でこちらに手を振る人がいる。

お昼近くになって、ようやく船が速度をゆるめた。
岸近くまで濃い緑におおわれたちっぽけな島の、
白く塗られた桟橋に停まる。

男はぼくを連れて、急な坂道を上っていく。
名前を知らない南国の花が咲き乱れている。

坂のてっぺんに赤い屋根の家がある。
ドアをノックするとブロンドの女が出てきた。
目じりに笑いじわがある。
おおげさな身振りでぼくたちを歓迎する。

やがて男は片手をあげて挨拶し、船に戻っていった。
ひとりになった女はぼくをじっと見つめた。
「ずいぶん久しぶりだこと」
ぽつりと口に出す。

それからぼくの封を切り、ひろげて読みはじめた。
何度も、何度も、読み返す。

「ばかね」
女はつぶやいた。

ぼくの上に、ぽたりぽたりと、涙が落ちた。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


タグ:小松洋支
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2014年04月13日

山中貴裕 2014年4月13日放送

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父のサックス・気仙沼

        山中貴裕

気仙沼に生まれた父は、
おおきな船をつくる仕事に憧れたが、
経済的な事情であえなくその夢をあきらめた。
家は小さな農家で収入も少なく、
年の離れた小学生の弟もいたので、
父は18にして一家の大黒柱として
家計を支えねばならなかったのだ。
それはその時代、決して珍しいことではなかった。
昭和39年、地元の公立高校を卒業した父は
気仙沼の市役所に就職し、
以来42年間、定年退職するまで公務員として働き家族を守った。

雨の日も風の日も、
毎朝7時30分に家を出て市役所に行き黙々と仕事をこなし、
休みの日は休みの日で家の畑仕事や町内会の仕事を
文句も言わずにやっていた父。
酒もタバコもやらず、これといった趣味もなかった父。
家も建て替え、そのローンを返済しながら
2人の息子を育て上げたが、
その息子たちは共に気仙沼を出て東京で働いている。
おそらく、もう地元に帰ることはないだろう。

 ねえ、母さん。
 父さんの人生は、楽しかったのかな?

定年退職のその日、
父が買って帰って来たものを見て、家族は顔を見合わせた。
それは、銀色に輝くサックスだった。
音楽が趣味だったわけでは決してない。
カラオケさえ、恥ずかしがって歌ったことがなかった。
「これ、習おうと思うんだ」と言いながら
父は照れ臭そうに、まだ吹けもしないサックスを吹いた。
調子はずれの音が、ボワンと、汽笛のように響いた。

 父さんは、我慢してたのかな?
 本当はやりたい事たくさんあったのに
 ぼくら家族ために我慢してたのかな?

母は電話の向こうで、
「どうかしらね」と笑うばかりである。
あの夜以来、父がサックスを吹いている姿を、
母も見ていないと言う。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


タグ:山中貴裕
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