こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです
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コピーライターの裏ポケット
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2014年06月22日
細川美和子 2014年6月22日放送
お花見
細川美和子
お花見するのに、
いちばん好きな場所は新幹線だ。
街を出てしばらくすると、
やわらかい緑の春の山に
白い山桜やピンクのソメイヨシノのが
ぽこぽことパッチワークされた風景が始まる。
そんな名前も知らない
田舎の小さな山をみながら、
昼から缶ビールを飲み、
カツサンドをほおばるのは最高だ。
特に好きなのが米原のあたり。
ほのぼのを絵に描いたみたいな田んぼが広がり、
山の入り口の神社には、
ひときわ大きな桜が咲いている。
それに、あぜ道にとうとつに
あらわれる立派な桜並木もいい。
これから田植えが始まって、
夏祭りには友達と待ち合わせて、
でも好きなあの子とは一言も話せずに
終わったりするんだろうな。
秋がきて、稲刈りの時期には
遊びたいのをがまんして
また手伝ったりするんだろうな。
なんだかとてもなつかしい。
いつか、ここに住んでみたい。
いや、いつかここに、
住んでいたのかもしれない。
、、、と、そんなことを
新幹線にのっている人は
考えているんだろうか。
1時間に何回か通り過ぎる
白と青の流線をながめながら
わたしは思った。
腰をあげて、桜の木の下をあとにする。
自転車をたちこぎしながら、
わたしは家に帰る。
とくに急ぐ必要もないのだけど。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
2014年06月15日
小松洋支 2014年6月15日放送
明けがたの夢
小松洋支
心理学のゼミに出ている。
なぜか教室ではなく、地下鉄の駅だ。
ハツカネズミの学習能力を調べる実験について、教授が説明している。
線路の脇に立ち、背伸びをして、ホームの端(はじ)を机代わりに
ノートをとろうとしている。
電車が来たら危ないなと思う。
しかもボールペンのインクが出ない。
ぐるぐる螺旋を書き続けても、紙をひっかくばかり。
と、不意に黒い液体が飛んできて、ノートの上にボタリと落ちる。
これをペン先につければ書けるかもしれない。
見ると教授の足もとにタコがいる。
きっと、あれがスミを吐いたのだ。
という夢から覚めた。
確かに木曜は心理学のゼミがある。
教室に着いて、ノートを開く。
パリパリと音がする。
ページの両側に黒い丸。
スミでページがくっついていた跡だ。
むこうからピンクの色鉛筆が転がってくる。
長さ7メートル、直径が50センチくらいある。
猛烈なスピードだ。
これを飛び越す。
続けて黄色の色鉛筆が転がってくる。
飛び越す。
次は空色。
その次は紫。
そのまた次は肌色。
前方を見ると、何十色もの色鉛筆が、丘の上から転がってくる。
それを、何十人もの人間が、ハードルのように飛び越している。
ははあ、これは夢だな。
明けがた近くなると、いつもはっきりした夢を見るのだ。
そんなことを考えていたので、
目の前に迫っていたこげ茶の色鉛筆に気づかず、
はね飛ばされて、どこかの縁の下に転げこむ。
板の隙間から、縁側を歩く人の足の裏が見える。
という夢から覚めた。
金曜は必修の外国語がある。
着替えようとしてパジャマを脱ぐと、
右の脛が内出血している。
色鉛筆にぶつけたのと同じところだ。
ゾンビたちに行く手を塞がれている。
後ろは断崖絶壁だ。
ケータイで助けを呼ぼうとするのだが、
テンキーが顔文字になっていて発信できない。
なにか武器になるものはないか。
足元の棒きれを拾うと、うまい棒になっている。
石を拾うと、ガチャガチャのカプセルになっている。
ははあ、これは夢だな。
だが待てよ。
このまま目が覚めると、まずいことになるかもしれない。
平和な夢で上書きしないと、危ないかもしれない。
そう考えている間にも、ゾンビたちは斧を振り上げ、
じりっじりっとこちらに近づいてくる。
背後で、波が岩に砕け散る音がする。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:小松洋支
2014年06月08日
三國菜恵 2014年6月8日放送
アルバイト
三國菜恵
わたしは少女Aです。
となりにいるのはおっさんBです。
おっさんBは写真家です。
おっさんBに雇われて
わたしはここ数日、代々木公園で撮影アシスタントのバイトをしています。
アシスタントの仕事はかんたんです。
おっさんBの隣を歩いて、
言われた位置に立ってストロボを持つだけです。
おっさんBは、公園に寝そべるカップルを撮影しています。
撮影、というより
採集、と言ったほうが近いかもしれません。
シートの上にちぢこまって座る2人を
フレームの中におさめていくカップル採集。
おっさんBはプロフェッショナルなので、
撮影可能なカップルをすぐに見抜きます。
「犬を連れている人はだいたい撮らせてくれる。後回しでよし」
「噴水の近くは外国人が多い。彼らもすぐ撮らせてくれる」
「制服のカップルは滞在時間が短い。すぐに声をかけないと」
そう言って高校生カップルに駆け寄るおっさんB。
昼下がり。時計は3時12分。
「そうそう、そのままそのまま」
シートに寝そべってチュッパチャプスをなめている2人を
おっさんBは撮影する。
映写機かと思うくらい、でかいカメラで撮影をする。
ぎょうぎょうしいカメラのほうが
偉い写真家だと思ってもらえるので都合がいいらしいのだ。
おっさんBはつぎつぎ採集を続ける。
パーカーを着た、ヒマそうな大学生カップル。
たぶん不倫中の、あみタイツの女とスーツの男。
きょうの最後の一組は、タンクトップの青年と黒いTシャツの女だった。
話せば、ふたりは女性どうしで、
タンクトップの青年のほうは、実は元女性だったという。
彼を指さし、彼女は言う。
「明日この人韓国に帰っちゃうの、撮って撮って」
写真のなかにおさまった二人は、
ただの美男美女のカップルだった。
公園のチャイムが鳴った。
バイト終了の合図です。
おっさんBはいつものようにバイト代5000円と缶ビールをくれます。
「それじゃあまた頼むね」
そう言って毎度のように去っていきました。
わたし、少女Aは
大人はビールしか飲まないものと
かんちがいして大人になりました。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/