コピーライターの裏ポケット

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原稿と音声のアーカイブです




2014年11月23日

中山佐知子 2014年11月23日放送

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社長の結婚

        中山佐知子

社長が結婚するというニュースは
やがて新聞の一面に載る予定だが
実はそれ以前にも数人の人だけが知っていた。

その数人のうち半分くらいの人が
それぞれ身内や親しい人に情報を漏らし、
さらにそれを知らされた人がまた誰かにしゃべった。

やがて、社長の結婚なら社長本人から聞いたよという人が
あらわれはじめた。
どうやら社長本人が秘密を守りきれず
いろんな人にしゃべりはじめたようだった。

こうして、この国の首都の一部では
早くもお祝い気分が盛り上がりはじめた。

飲み屋が満員になったのは
あやかり婚を狙う社員が夜な夜な合コンが企画するせいだった。
社長の結婚パレードを内緒で知らされた人々は
テレビ中継のカメラになんとか映ろうとして
目立つ色のタキシードやオレンジ色のカツラを買いに行った。

築地では昆布が品切れになっていたが、
昆布は結納に使用されることから
水面下の結婚ブームが疑われた。

折しもボーナスの時期だった。
社長と会ったことがない人までも風潮に流され
ボーナスを手にすると買い物に走った。
結婚式のスピーチバイブル、
お部屋で社長の結婚を祝うためのスパークリングワイン。
結婚する社長に聞かせたいクラシックのCD。
社長の血液型に近づくための健康食品。

そうか、結婚は景気回復にひと役かうのかもしれない。
社員たちは今更のようにそれに気づいた。

株価はじわじわと上昇をはじめた。
首相はこの勢いに水をさすことを恐れ、
増税の延期を検討することにした。

社長の結婚のおかげで
来年はいい年になるだろう。
ああ、やれやれ。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


タグ:中山佐知子
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2014年11月16日

小松洋支 2014年11月16日放送

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トーラ
小松洋支

小さな駅の閑散とした改札口を出ると、いきなり潮の匂いがしました。
海がもう、すぐそこなのです。

駅前から道はだらだらと下り坂になっていて、
道の両側にはマッチ箱のような店がぽつぽつ並び、
置物のような老人たちが、
たばこや袋菓子、時計バンドといった珍しくもないものを売っています。

店番がいない豆腐屋の
豆腐とこんにゃくが泳がせてある背の低い水槽の水を
耳の垂れた野良犬が飲んでいます。

とても地味なブラウスやとても派手なアロハが、
くすんだ用品店の店先にぶら下がっています。

はじめて来たこんな田舎町が、
なんだか切ないような気持とともに、
もしかしたら自分の故郷(ふるさと)ではないかと思えてくるのが
いつもながら不思議でなりません。

めざす神社は海に突き出た岩場の上にあるはずです。

坂をおりきると、潮の匂いが急に強くなって、
粘り気のある湿っぽい風が髪を後ろに吹き飛ばしました。

こじんまりした港が見えます。
しかも人だらけ!

この町にこんなに人がいたのだろうか、
と思うほどの人数が突堤に集まっています。

「トーラが来るぞお」
誰かが大声で叫びました。
「トーラだ。トーラだ」
次々に声が上がります。

「トーラ」?
人波の頭ごしに沖の方を見て、立ちすくみました。

ぬめるような光を帯びた巨大ななにか、
巨大なうえに、おそらくは非常に長いなにかが、
藍色の背中を海面に見せて、港に向かって来るのです。

うねりながら近づく恐ろしげなものに目を凝らしていると、
「このおなごさ行ってもらったらよかべ」
そんな声が背後でして、肩をつかまれました。
人びとがいっせいにこちらを向きます。
大勢の手がわたしの体を前へ、前へ、
海のほうへと押し出していきます。

左手に岩場があり、神社が見えました。
幟が風に煽られています。
「十浦(とうら)神社」という文字が見えました。
十の浦と書いて「十浦」。

そのとき思い出したのです。ネットの記事にあった古い言い伝えを。

一光上人(いっこうしょうにん)が海の大蛇(おろち)を鎮め
「十浦神社」を建てたが、
三百年を経て法力(ほうりき)が解け、
大蛇は再び海辺の民を苦しめるようになった。
あるとき村の乙女が自らを生贄として差し出したところ
大蛇は乙女とともに沖へ戻って行ったという。

波のしぶきが顔にかかります。
ボートに乗っていた少女が桟橋に上がりながら、
悲しそうにわたしを見ました。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/




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2014年11月09日

永友鎬載 2014年11月9日放送

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2114

          永友鎬載

西暦2114年、宇宙船に乗った私たちは、
惑星ウーダの調査を終えて、約20年ぶりに地球に帰還しつつあった。

長い旅路だった。命がけとも言える調査は、想像以上の大成功を収めた。
その成果は人類に、とてつもなく大きなリターンをもたらすだろう。
調査団も莫大な富や地位、名声を得ることになる。

だが、そんなことより、私は一刻も早く家族に会いたかった。
昨年、通信機器に原因不明の異常が発生し、地球との交信が途絶えていたのだ。

妻は元気だろうか。彼女がつくるオムライスを早く食べたい。
出発前、幼稚園児だった一人娘は、もう立派な大人だ。
映像通信では何度も話していたが、実際に会ったら照れくさくて、会話に困りそうだ。

しばらくの間、家族と会える喜びに浸っていたら、
真っ暗な宇宙にようやく地球が見えてきた。
歓声を上げる調査団一行。
だが、近づくにつれ、私は思わず目を疑った。
「あっ。ち、地球が青くない…!」

船内に動揺が走った。目の前の星は本当に地球なのか。
しかし、ナビゲーションは地球だと正確に指し示している。

着陸態勢に入り、宇宙船は地表に降り立った。
急いでハッチを開ける。空はスモッグに覆われていて、
空気は淀み、水も緑もない。見渡す限り、灰色の世界だ。
同僚がつぶやいた。「まるでここは、砂の星じゃないか…」

私たちは街へと急いだ。建物はすべて損傷し、今にも崩れ落ちそうだ。
ビルの中を見に行った同僚が戻って来て、大声で叫んだ。
「誰もいない!チリやホコリで真っ黒だ!」

家族が心配になり、私は家まで全速力で走った。
20年ぶりのわが町だが、懐かしがる余裕などなかった。

私のマンションが見えてきた。
古びてはいるが、大きな損傷はなさそうだ。
ホコリまみれのエントランスを抜け、階段を駆け上がる。
チリが舞い、呼吸するのさえ苦しい。
玄関に着き、私はおそるおそるドアを開けた――。
「あーーーー。……部屋がきれいだ」

私の帰りを待っていたのは、
ロボット掃除機「ルンバ」だった。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/



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