こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです
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コピーライターの裏ポケット
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2015年01月25日
上田浩和 2015年1月25日放送
チョコチップメロンパン
上田浩和
岩野がキレたという話を聞いた。
チョコチップメロンパンという、
小指の爪くらいの小さなチョコが
表面に点々とまぶされたメロンパンがある。
メロンパンにさらにチョコかよと思ってしまうが、
甘党の岩野はそのパンの熱烈なファンだった。
毎朝、出勤途中のコンビニで買ってきて、
午前中の慌ただしい時間を、
もうすぐあのパンが食べられるという思いで乗り切っていた。
岩野の昼食は今日ももちろん、
チョコチップメロンパンとコーヒーの組み合わせだった。
でも、鼻歌まじりに机の引き出しを開けた岩野が、
そこに見たチョコチップメロンパンは、いつもと様子が違った。
手に取ってみると、違和感の正体が分かった。
黒い粒々がないのだ。どういうことだ? と思い、
周りを見ると、隣の石原と向いに座る有働が笑っていた。
岩野の同期である二人は、岩野が席を外した隙に、
チョコチップメロンパンのチョコチップだけを
きれいに全部食べてしまったのだった。
瞬時に何をされたのか悟った岩野は、そこでキレた。
「これじゃ、ただのメロンパンじゃねーか!」
そう叫ぶと、岩野は立ち上がり、
手元にあった自分のカバンを思い切りデスクに叩き付けると、
石原と有働に謝る間を与えないうちにフロアを飛び出した。
出入り口そばのゴミ箱が派手に鳴った。
岩野が、パンを投げ捨てた音だった。
私の目の前で、石原と有働が揃って私に頭をさげている。
ただのいたずらのつもりだったんですが、と石原。
まさかあそこまで怒るとは、と有働。
とっくに昼休みの時間は終わったのに、
岩野はまだ帰ってきていない。
キレたとき、ただのメロンパンじゃねーか!と叫んだとき、
岩野はちゃんとすらすらと言えただろうか。
二人から、ことの顛末を聞かされたあと、
私はまずそのことが気になった。
滑舌が悪く聞き取れないことが多い岩野は、
たまにそのことでこの同期ふたりにからかわれていた。
そんな岩野が、キレたときまで、
滑舌が悪かったとしたらなんだかやりきれないと思った。
明日から、岩野はきっと会社でチョコチップメロンパンを
食べにくくなるだろう。
そのこともなんだかかわいそうだと思った。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:上田浩和
2015年01月18日
小松洋支 2015年1月18日放送
山羊さん郵便
小松洋支
白山羊さんは黒山羊さんに手紙を書いた。
「この前、遊びに来たとき
あなたは私がだいじにしていた手すきの和紙を
こっそり持って帰ったでしょう。
あれは細川紙という紙で、最近世界遺産に登録されたのです。
どうかすぐに返してください」
書いた手紙を読み返しているうちに、
白山羊さんは思わずそれを食べてしまった。
「あ」、と思ったが、もう遅かった。
左手に「どうかすぐに返してください」と書かれた
便箋の切れ端が残っているだけだった。
白山羊さんは考えた。
何を返してもらうのだったっけ?
思い出せないので、黒山羊さんに手紙を書いた。
「どうか返してください。
だいじなものなんですから。
この前うちから持って行ったでしょ、
ほらあれですよ、あれ」
今度は食べないように目をつぶって急いで封筒に入れ、
コンビニの前のポストに入れた。
黒山羊さんは手紙を受け取った。
読もうとしたが、気づくと食べてしまっていた。
「あ」、と思ったが、もう遅かった。
左手に「ほらあれですよ、あれ」と書かれた
便箋の切れ端が残っているだけだった。
黒山羊さんは考えた。
白山羊さんが言う「あれ」って何だろう?
思いつかないので、白山羊さんに手紙を書こうとした。
だが、待てよ。
手紙は食べてしまうに違いない。
で、eメールにした。
「TO 白山羊様
ちょっとおたずねします。
あれ、というのはどれのことですか?」
が、それは文字化けしていて
メソポタミアの粘土板みたいだった。
白山羊さんはすぐに返信した。
「TO 黒山羊様
あいにくメールの具合が悪くて読めませんでした」
が、それは文字化けしていて
エジプトのロゼッタストーンみたいだった。
黒山羊さんは仕方なく手紙を書くことにした。
電話すればすむことなのに、
悲しいかなウシ科の動物は考えがそれに及ばない。
食べてしまわないように息を止めて書いた。
白山羊さんは手紙を受け取った。
封筒を開けると、手すきの和紙に
のたくったような字でこう書いてあった。
「さっきの手紙のご用事なーに?」
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:小松洋支
2015年01月11日
福岡郷介 2015年1月11日放送
健太郎の寝ぐせ
文:福岡郷介
健太郎は今日も朝8時に目を覚ました。
彼の生活はおおむね規則正しい。
少なくともここ2年の間は、この時刻に起きている。
ただ、寝相はかなり悪い。
一晩中寝返りを打っているし、ベッドから転げ落ちることさえある。
そのせいで寝ぐせが大変なことになる。
今朝も頭頂部の髪の毛が、右に左に飛びはねている。
健太郎は特段キレイ好きというわけではないが、
毎朝必ずシャワーを浴びている。
寝ぐせを押さえつけるためだ。
シャンプーにこだわりは無いらしく、値段の安さだけで選んでいる。
いま彼が泡立てているのは、薬局で安売りしていた女性用シャンプーだ。
本当は髪質に合うものを使うべきだが、
シャンプーが色んな髪質に合わせてつくられていることさえ知らないのだろう。
いつものように、健太郎は頭からつま先までを上から順番に洗っていった。
彼の右ふとももの内側には正三角形を成す3つのほくろがある。
それは少なくともここ2年の間に一夜を共にした女性たちの
ほとんど全員から指摘された、きれいな正三角形だ。
健太郎は青のストライプが入ったボクサーパンツを履いて、
灰色のスーツに着替えはじめた。
ネクタイは薄い緑色を選んだ。
そして念入りに髪をセットして、
自宅から徒歩圏内にあるオフィスに向かった。
今日も健太郎は朝食をとらなかった。
会社のデスクに座ったのは9時20分。
パソコンの電源をつけて、それが起動するまでのわずかの間。
健太郎のはす向かいの席に座った私に、彼が挨拶をした。
「おはようございます、篠崎さん。」
「おはよう江口君。ステキな髪型ね。」
「いや、実は寝ぐせがすごくて大変なんです。」
知ってるよ、健太郎。そんなこと知ってる。
私ずっと見守ってあげてるんだもの。
健太郎。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/