コピーライターの裏ポケット

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「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2015年02月22日

細川美和子 2015年2月22日放送

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かんちがい

        細川美和子

ほら、やっぱり、はやすぎた

もういいんじゃないって
あのこがゆうから

でも、まちがってた
ちょっとあやしいなとは
おもってたの

ああ、もっとつよく
はんたいしとけば
よかったかなあ

今日はあたたかくて
鳥も楽しそうに鳴いてて
日差しものどかで
気がゆるんでたなあ

わたしたちが
失敗に気づいたのは

人間たちが立ち止まっては
珍しそうな顔をして
写真をとっていくから

あらら、もう咲いちゃってるよ
っていいながら


しまったなあ
今年の春は
見られないで
おわっちゃうのか

まあ、いいじゃない
わたしたちは
その気になれば
1000年以上生きられるんだから

春の1回ぐらい
どうってことないわ

そうゆって
あのこははらりと1枚、
花びらを落とした


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


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2015年02月15日

小松洋支 2015年2月15日放送

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手紙

         小松洋支

ちゃんと顔を見て話そうかなとも思ったのですが、
そうするとついつい冗談めかしてしまうので、
こうして手紙を書いています。

思い出すことはたくさんあるのに、
楽しいことより、悲しいこと、悔やまれることの方が先に立つのは
なぜなんでしょうね。

わたしが5歳の頃です。
コアラみたいに腕に抱きつく人形がとても流行しました。
浮き袋と同じで、息を吹いてふくらませるビニール製の人形です。

わたし、それが欲しかった。
友だちがみんな持っていたから。
でも、買ってもらえなかった。
なぜだか理由は分かりません。
脱サラしたお父さんの仕事が軌道に乗っていなくて、
僅かなお金も倹約しなければならなかったのでしょうか。
いまとなっては分かりません。

代わりにお母さんはぬいぐるみを作ってくれました。
みんなが持っている人形とそっくりの、
腕に抱きつくぬいぐるみ。
針金で型をつくって、綿(わた)をまとわせ、
洋裁で残った布地を縫い合わせ、眉と口を刺繍して、
目はガラスの丸いボタン。

お隣のおばさんが回覧板を届けに来て
驚きの声をあげたのを覚えています。
「まあ、なんて上手にできてるのかしら!」

でも、わたし、そのぬいぐるみが気に入らなかった。
だから、それを腕につけて外に遊びに行かなかった。
みんなと同じビニールの人形じゃないのが、恥ずかしかったんです。

何時間もかけて、わたしのために作ったぬいぐるみ。
なのにお母さんは、決してわたしを咎めたりしませんでした。

おもちゃ箱に置き去りにされたぬいぐるみを
立ったままちょっとさびしそうな顔で眺めているお母さんの姿を、
わたし、廊下から覗いたことがある。

そのぬいぐるみがどんなだったか、いまでもはっきり思い出せます。
丸みをおびた曲線があたたかい、
誰かと本当に腕を組んでいるように肌になつかしく触れてくる、
大人になったいまのわたしからすれば、
ビニールを張り合わせた人形なんかより、
ずっとずっと上等な、
世の中にひとつしかないぬいぐるみでした。

ごめんなさい。

安っぽいものと価値あるものの見分けがつかないこどもだったこと、
ごめんなさい。
けれども、そんなことの見分けがつかないのも、
こどもがこどもという時間を生きている証拠。
お母さんはそんなふうに受け止めてくれていたんだろうな。
そう思います。

ありがとう。


この夏、わたしも、お母さんになります。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/

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2015年02月08日

渋谷三紀 2015年2月8日放送

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「もうひとつの顔」

   渋谷三紀

斜め45度の顔。
自撮りを始めて知った、自分の、もうひとつの顔。
あ、自撮りというのは、
自分で自分の写真を撮る行為のこと。

スマホのカメラの性能と
女の子たちのテクニックの進歩はめざましい。
自撮り写真と本物を比べて、
「詐欺!」なんて騒ぐ輩もいるけど。
だまされるほうが悪いのだ、とばかりに、
日々、女の子たちは自撮りに励んでいる。

中でも、斜め45度から写すのは、
自撮りにおける基本中の基本。
上目づかいで顎をひけば、
整形かってくらいに目は大きく、
しかも小顔に撮れてしまう。

子供の頃から、
外見に強烈なコンプレックスを抱えていた自分も、
自撮りの快感にとりつかれたひとり。

ほかに趣味もなかったから、
給料と週末のほとんどを自撮りにつぎこんだ。
楽天から届く段ボールには、
大量のマスカラ、アイライナー、つけまつげ…
1mm変えれば、顔は変わる。
気づけば、メイク落としのコットンが、
床に山をつくっていた。

やがて、自分で見るだけでは飽き足りなくなり、
「KAORU」のアカウントで、ネット上に公開した。
トレードマークは、ボブのウィッグと左まぶたに描いたほくろ。

見られてキレイになる。というのは本当で。
自撮りの腕を上げるにつれ、フォロワーがふえた。
見てくれるのがうれしくて、また腕を上げ、
さらにフォロワーをふやした。

「KAORU」のフォロワーが8000人をこえた頃にはもう、
斜め45度の顔は、
自分でさえ自分の顔だと思えなくなっていた。

自撮りのことも、「KAORU」のことも、
自分だけの秘密だったけど。
もうひとつの顔で、多くのひとに愛されている自信は、
現実にもいい影響をくれた。
「最近明るくなったね」と声をかけられたり、
芳しくなかった営業成績も、少しずつ上向きはじめた。

その理由には、誰も気づいていない。
一生、気づくことはないだろう。
そう思うと、変な優越感さえ湧き上がってくるのだった。

パシャッ。
今日もカメラに向かいポーズをとる。
やっぱり、俺はキレイだ。
ふと、髭剃り跡の青さが気になった俺は、
顎にファンデーションをぬりたくり、
再びシャッターを切りはじめた。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/

タグ:渋谷三紀
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