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コピーライターの裏ポケット
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2010年04月04日
三井明子 10年4月4日

網棚
三井明子
気がついたら、網棚の上に乗っていた。
そう、電車中のあの網棚。荷物を置くためにある網棚だ。
「座席は空いてないけど、網棚は空いてる。
あそこでいいから座りたい」
そう願いながら、何年も通勤してきた。
そして、気がついたら、今日、そこにいたのだ。
あんなに毎日念じていたから、
網棚がのせてくれたのかもしれない。
網棚にのってみると、
ぎっしりと詰め込まれた人々のアタマが見える。
音楽を聴いている人、立ったまま寝ている人、
圧倒的に多いのは人と人の隙間でケータイを操作している人。
ターミナル駅で人が入れ替わっても、
結局混んでることには変わらない。
この通勤のストレスは、仕事のストレスの大部分かもしれない。
そんな時、向かい側の網棚にも座っている人がいることに気づく。
「あら、あなたは今日から?よろしくね」品のいい婦人だ。
周りを見渡すと、
車両内のすべての網棚に誰かが座っている。
婦人が、わたしにぽつりと言う。
「あなたのその網棚、座っていた方が最近定年になってね…。
あなたラッキーよ」。
そうして婦人は日経新聞に視線を戻した。
別の網棚では、管理職風の男性がパソコンでなにやら作業をしている。
また別の網棚では若い男性が大きないびきで熟睡していた。
と、そこに、わたしが座っている網棚に、スポーツ新聞が置かれた。
誰かが読み終わって網棚に捨てた新聞だ。
手にとって一面から読み始めてみる。
昨日のプロ野球の結果になぜか引き込まれていった。
こんどは自分のバッグから小説を出して読んでみた。でもぜんぜん面白くない。
網棚の上では面白いという感覚も少し違っているのかもしれない。
そんなふうに、わたしの網棚通勤がはじまった。
最近では、ときどき網棚に寝そべってみたり、
通勤時間は、わたしにとって一日でもっとも平和で贅沢な時間だ。
あなたも念じてみませんか。「網棚に座りたい」と。
ある日突然、網棚通勤という至福の特権が与えられるかもしれませんよ。
Voice:柴草玲 http://shibakusa.exblog.jp/
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