コピーライターの裏ポケット

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2010年07月25日

上田浩和 10年7月25日放送

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さっちゃんと海


                         上田浩和

空は青く、その青を映す海はもっと青く、
風はきらきらと光り、砂浜は焼けるようで、
さっちゃんは、夏だなと思いました。
さっちゃんの家は、砂浜をあがったすぐのところに、ぽつんとあります。
そこにひとりで住んでいます。
寂しくないのかな、とみんな心配するけど、さっちゃんはいたって平気です。
だって、さっちゃんは海と話すことができるのですから。

さっちゃんの家のテーブルには、いつも瓶が置いてあります。
ウェストがきゅっとくびれたスタイルのいいその空き瓶は、コーラの瓶です。
海と話したくなるとさっちゃんは、小さな紙にメッセージを書き、四つ折りにし、
瓶につめ、栓をすると海に投げこみます。
しばらくすると、さっき投げたはずの瓶が、砂浜に打ち上げられます。
栓を開け、なかの紙を取り出すと、そこには海からの言葉が書かれているのです。
という感じで、さっちゃんは、海といつでもお話できるので、
寂しさなんて今まで感じたことがありませんでした。

とはいえ、さっちゃんはまだ10歳ですから、海も心配になり、
一度こう書いてきたことがあります。
「ひとりで寂しくないの?」と。
さっちゃんは、すぐさま返事を書きました。
「お母さんがいるからぜんぜん平気よ」
「お母さんって?さっちゃんはいつでもひとりでしょ」と当然海は不思議がります。
するとさっちゃんはこう書きました。
「海という漢字には、母という漢字があるでしょ」
海は、「海」という漢字を思い浮かべ、
そこにたしかに「母」という漢字があることに気がつくと、
不覚にも感動してしまいました。
そして、さっちゃんが「おかあさーん」と、海にむかって叫んでくれたときには、
海はおもわず涙を流してしまいました。
その一瞬だけ、海の水は、いつもよりちょっとだけ水位が上昇し、
ちょっとだけしょっぱかったと言います。
しばらくして海は、書いて寄こしました。
「でも、ぼくはさっちゃんのお母さんじゃなくて、お父さんのつもりだったよ」
「え、そうなの?」と驚いたのはさっちゃんです。
「じゃあ、ますます寂しくなんかないよ。わたしにはお母さんもお父さんもいるんだから」

「ああ、肩が疲れたから、ちょっと休憩」
さっちゃんはそう言うと、家に帰っていきました。
海と話しているあいだ、なんどもなんども瓶を海に向かって投げたさっちゃんは、
ちょっと疲れたみたいです。
右肩を抑えながら帰って行くさっちゃんの後姿を見ながら、海は、
さっちゃんは、将来野球のいいピッチャーになるかもしれないと思いました。
海は、さっちゃんがドラフト会議で1位指名を受けている場面を想像しました。
さっちゃんがプロ野球選手なら、海はプロ野球選手の親です。
さっちゃんなら契約金は1億円は堅いし、年俸だって毎年どんどんあがっていくぞ。
いい娘を持ったもんだ。これでもう老後は安心だな。
と、海は、青い夏空を見上げながら、
いつくるかも分からない自分の老後のことを考えました。



Voice:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:上田浩和
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 上田浩和 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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