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コピーライターの裏ポケット
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2010年08月23日
細川美和子 10年8月22日放送

小さい人
細川美和子
不思議ちゃんと思われるのがいやなので、
人にはだまっていたが、
子供のころから小さい人たちが見えていた。
彼らはときどき家の中をうろうろしていて、
パンのはしっこをかじったり、お風呂場で泳いだり、
洗濯ものにもぐって寝ていたりする。
映画やテレビ番組なんかに小さい人はよく出てくるから、
まあ、見える人には見えているんだろう、と思っていた。
1人暮らしを始めてからも、小さい人たちは時々あらわれた。
部屋がせまいせいか、前よりも頻繁に見かけたように思う。
わたしはときどき小さい人たちを意識して、
桃を1切れ出しっぱなしにしたり、
クーラーをつけっぱなしにしたり、
お風呂のふたをあけっぱなしにしたりした。
つきあっている人が家にくるときは、
あれ、今、見られてるのかな、と思うことはあったけど、
あまり気にならかなった。
わたしに心底好きな人ができるまでは。
初めて誰かにちゃんと恋をして、
初めて誰かと2人きりになりたいと思った。
初めて小さい人たちをうとましいと感じた。
だからもう食べ物もだしっぱなしにしないし、
クーラーもつけっぱなしにしないし、
お風呂のふたもちゃんと閉める。
小さい人たちはどう思っただろう。わからない。
わたしたちは言葉を交わすことはなかったし、
そのあとまったく姿を見かけなくなったから。
数年がたってその人との間に子供ができて、
その子がじっと部屋のすみを見ていたりすると、
小さい人たちのことをなつかしく思い出す。
それでもわたしは、
あのとき自分がとった行動を、後悔はしていない。
Voice:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:細川美和子
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