コピーライターの裏ポケット

こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2010年09月19日

細川美和子 10年9月19日放送

sy_045.jpg


ホットケーキ 
            細川美和子


運ばれてきたホットケーキを
その人はきれいに8等分しはじめたので
わたしは別れよう、と思った。

夏休み遊びほうけて、宿題を31日ぎりぎりにやって
間に合わなくて、でもしょうがないよね、
夏休みってそういうダメな自分も含めてシズルだよね、
と思ってるグループに属して生きてきたわたしとしては、
初めてのデート相手の男の人にそんな理性的な分別を
ホットケーキに対してみせてほしくなかった。

ホットケーキのこんがり丸く美しい造形にうっとりもせずに、
あつあつのうちにバターを溶かしたい欲ももたずに、
冷静にナイフを入れ、まずは8等分に切ってしまえるなんて。
わたしはといえば相手がまだ4等分ぐらいの地点に
ナイフを入れているところで、もうたっぷり蜂蜜をかけおえ、
バターが生地にしみこみすぎない魔法のタイミングを
逃がさないように、はしからかぶりついている。
一方その人はホットケーキの真ん中に正確にバターを配置し、
正確に蜂蜜をまわしがけしながらおいしい?という顔で
こちらを見てくる。

べつにおいしいけど、あなたがつくったわけじゃないし。
と思ったけど無言で、ちょっぴり非難の意味もこめて
大口でパクパクとわたしはホットケーキをほおばり続ける。
やっぱりないな、この人。
こんな品のいい人とつきあってもきっと疲れるし。
相手も疲れるだろう。いいんだ。この広い世界にはきっと
一緒に理性を失くしてホットケーキをばくついてくれる人はいる。

でも2枚目に行こうとして気づいた。
バターが足りない。1枚目で使いきってしまったのだ。
そのとき、たぶん計画的にとっておいたのだろう。
彼は自分の分のバターを、わたしの2枚目のホットケーキの上にのせてくれた。
にっこり笑ったりはせずに、しょうがないからあげるって
ぶっちょうづらで言ってくれた表情がけっこうよかったので、
まあ、もう1回ぐらいデートしてみてもいいかな、と
わたしは思い直したのだった。



出演:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:細川美和子
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 細川美和子 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック