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「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです
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コピーライターの裏ポケット
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2010年12月19日
細川美和子 10年12月19日放送

日曜の夕方
細川美和子
にんにくを炒める匂いが香ばしすぎて
集中できないので、僕は家を出た。
「ちょっと外で仕事してくる」
僕はライターなのだ。
ノートパソコンがあれば、仕事はどこでもできる。
特に今はもう取材も終えて、どう記事をまとめるかの段階だ。
情報にふくまれる膨大な意味をきりだして、
材料をそろえ、食べやすく調理して、
おいしくみえるように盛りつけて、
注文してみたくなるようなメニュー名を考えて差し出す。
それには、相当な集中力と、小気味いいスピードが必要なのだ。
料理といっしょだ。
料理とちがう点があるとしたら、
おいしそうなにんにくの匂いが邪魔になる、ということぐらいだ。
夕飯前に突然家を出る、と言い出した僕に、
妻は不服そうだったけど、みないふりをして靴をはいた。
原稿の締切はもうとっくに過ぎていて、あせっていたのだ。
そして日曜の夕飯ぐらいは、ゆったりとした気持ちで食べたい。
「2時間でもどってくるから」
でもまさか、あんなことが起きるなんて。
家にもどってくるのに、あんなにも年月が必要とされるなんて。
その時のぼくに、いったいどうやって、予想できただろう?
あの時、くつをはかなければ。
あの時、妻のほうをふりかえっていれば。
あの時、夕飯ににんにくを使っていなければ。
どこかに、僕の人生を編集している人が
いるとしたら、教えてほしい。
いったいどんなタイトルをつけて、
誰に読ませようとしているのか。
それを読んだ人は、泣くのか、笑うのか。
あるいは、その両方か。
教えてくれ。
出演:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:細川美和子
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