コピーライターの裏ポケット

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2011年02月20日

細川美和子 2011年2月20日放送

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スペインの灰皿

            細川美和子


たった2泊3日の断食ツアーでは
浄化された気分にはとてもなれず、
わたしはその勢いで奈良や京都の神社をまわった。
貴船や鞍馬や吉野。
山奥にある、静かそうな神社を選んで、
奥の院までひとりもくもくと歩いた。
まだ春は遠く、雪が降っていて、ほとんど人もいない。
寒さとあまりの静けさに、耳の奥がキーンとする。
でも吉野の奥千本のさらに奥を、
西行庵まで歩いているとき、
高く大きな木の上から天狗が声をかけてきた。
「いったいなんでそんなに自分が
けがれてると思ってるの」
わたしはうまく答えられない。
「すてたけがれはどこにいくの」
天狗はかさねて聞いてくる。
「よごれを自分の外にポイポイすてて、
自分だけピュアになろうなんて、
そんなのちょっとエコじゃないね。
エコっていうのは、けがれもふくめて
共生するってことだろ」
わたしはびっくりして答えた。
「え、え、だってエコなんて、目指してないもん」
話はそれで終わってしまった。
そのあとはぼんやりした気分のまま、山をおりた。
ふもとにおりるとがぜん、
天狗に会ったことを誰かに話したくなって、
迷った末に、京都でひとり暮らしを
しているお父さんに電話してみた。
わたしたちはもう長い間、会っていない。
駅で落ち合い、なぜかスペイン料理の店に入って飲んだ。
久しぶりのお酒に頭がぐるぐるになり、
わたしはいつもよりずいぶん陽気だった。
明るい色遣いの店内やスペインの絵皿が強烈に
美しく見えて、何度も何度もそれをほめた。
けっきょく、天狗の話はしなかった。
駅での別れぎわ、お父さんは
うれしそうにコートのポケットから
赤地に黄色いひまわりが描かれた
小さな灰皿をとりだした。
さっきの店のテーブルに置いてあったやつだ。
「はい、これあげる」
わたしはあきれた。
「お父さん、まさか盗んだの?」
「だいじょうぶ、またあの店行くからさ」
「そういう問題じゃないでしょ」
ため息をつきながら、
わたしはその灰皿を受け取った。
そもそもわたし、たばこ、吸わないし。
なんなんだ、この人は。
でもその灰皿は、今でも大切にとってある。
断食ツアーにはそれ以来、行っていない。




出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:細川美和子
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 細川美和子 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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