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コピーライターの裏ポケット
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2011年02月27日
上田浩和 2011年2月27日放送

真っ赤な2月
上田浩和
フェデリコ・フェリーニの2月は、
今年もあっという間に過ぎていった。
2月は28日までしかないから他の月よりも短いのは分かるけれど、
それにしても早すぎると、
フェデリコ・フェリーニは毎年2月の終わりにさしかかるたびに感じる。
2月がはやく過ぎるのは、
フェブラリーがフェラーリに似ているからではないかと、
フェデリコ・フェリーニは思っている。
誰にも言ったことはないけれど、本気でそう思っている。
真っ赤に塗られ輝く2月。
風を形にしたような流線型。
その先端では、あの馬のエンブレムが輝いている。
そんな真っ赤な2月が、
時速300キロでローマの街を駆け抜けていく場面を思い浮かべると、
フェデリコ・フェリーニは、いつもちょっとだけ楽しくなる。
そういうとき、フェデリコ・フェリーニは、
日記をつけてみようかと思うのだけど、
なんだかもう面倒くさいのでやめる。
面倒くさいとは、実際どんな臭いがするのかを、
フェデリコ・フェリーニは経験上知っている。
オレンジの腐った臭いだ。
たとえば、地中海をのぞむカフェでエスプレッソを楽しんでいるときに、
ふと自分の靴の紐がほどけていることに気がついたとする。
そして結ぶのが面倒くさいなあと思ったととたん、
その臭いはどこからともなくあたりにたちこめるのだ。
面倒の臭いには困ったものだとは、
フェデリコ・フェリーニでなくても思うことだろう。
今も、日記のことを面倒だと思ったせいで、
オレンジの腐臭があたりに漂いはじめていた。
その臭いを蹴散らすために、フェデリコ・フェリーニは、もういちど、
真っ赤な2月が、時速300キロで目の前を走り去る場面を想像した。
右の路地から姿を現した真っ赤な2月は、猛然と目の前をよぎって、
左の路地に消えた。
一瞬のすさまじい爆音のあとの風のおかげで臭いはもうない。
その風圧で乱れた前髪を整えながら、フェデリコ・フェリーニは、
もう面倒なことをするのはやめようと思った。
面倒なことは若い人に任せておけばよいのだ。
2月は、真っ赤な色して今すぎた。もう3月だ。もう春だ。
老人は春のことだけ考えておけばよいのだと、
フェデリコ・フェリーニは風のなかで思った。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
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