コピーライターの裏ポケット

こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2011年06月12日

小松洋支 2011年6月12日放送

a0007_000090_m.jpg


わたしの男

             小松洋支

男という生き物がきらいでした。

存在のしかたが本質的じゃないというか、
生きている根っこのところが空洞になっているというか。

そのことが不安なので、
観念のマントをひろげて自らの存在を大きく見せようとする。
それが男という生き物です。
「自分流の生き方」とか、「時代の価値観」とか、すぐ口にするでしょ。
きらいなんです、そういうの。

そんなわたしが恋をしたのだから、自分でも驚きました。
相手は24歳くらいに見える男で、
やせて背が高く、うすいグリーンのシャツを着ていて、
七分丈のパンツにブーツをはき、
髪は長く、いつも伏し目がちに右下を見つめています。

彼の何に惹かれたのか、はっきりとは分かりませんが、
自分が空っぽなことを恥じているらしいところが
なんだかかわいそうでもあり、かわいくもあり。

でも彼にはすでに好きな人がいるんです。
わたしにはわかる。
彼のいる店の斜め向かいのスポーツショップで働いている短髪の女です。

掠奪するんだ。  
わたしは鏡を見ながら、口に出して言いました。

貯金をおろして中古のフィアットのオープンカーを買い、
風がここちよい初夏のある晩、
三番街の角で計画実行の機会を待ちました。

大通りから一本入った細い道なのに、深夜になっても人通りは絶えません。
午前2時。 意を決して店の正面にクルマをつけ、
3メートル四方ほどのウインドウの前に降り立つと、
用意してきたゴルフクラブで思いきりガラスをたたき割ります。

侵入者を知らせる警報の音がすぐに店内に響きはじめましたが、
わたしはためらわずウインドウに踏み込んで彼の胴体を両腕で抱きかかえ、
ガラスの破片を蹴散らしながらクルマのところまで引きずってきました。

通りがかりの人が数名、茫然とこちらを見ています。
われながらすごい力で彼を助手席に押しこみ、
斜め向かいにあるスポーツショップのウインドウに立っている女を
一瞥してから、
フィアットを急発進させました。

高速を飛ばしていると、横Gがかかった彼の硬い体が、
わたしの方に倒れてきます。
ハンドルを握る手の甲から血が流れていることに、
猛々しい喜びを感じます。

これからわたしたちはどこへ行くのでしょう。

ナホトカ、
という地名がなんの脈絡もなく頭に浮かび、
背後の闇に消えてゆきました。



出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:小松洋支
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小松洋支 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。