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コピーライターの裏ポケット
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2011年12月25日
上田浩和 2011年12月25日放送
コーヒーカップ物語。
上田浩和
わたしのコーヒーカップは、よくしゃべる。
コーヒーの粉末をスプーン二杯分いれ、
お湯を注ぐと、まっしろな湯気に文字を浮かべ、
マンガのせりふみたいにして話しかけてくる。
たとえば、コーヒーを一口飲み「ふー疲れた」ともらすと、
コーヒーカップは「疲れるのだけは一人前だな」
という文字を湯気のなかに並べる。
基本的にコーヒーカップは口が悪い。
やさしい言葉をかけてほしいときには、
ミルクをいれてカフェオレにするといい。
「おつかれさま」なんて言ってくれる。
さらに砂糖を入れると「愚痴なら聞くよ」と甘えさせてもくれる。
一日の終わりにコーヒーを飲みながら、
そんなコーヒーカップと話すこの時間がわたしはとても好きだった。
その夜は、とても冷えた。
この冬いちばんの冷え込みです、とラジオが言っていたほどだ。
帰ってくるなり薬缶を火にかけコーヒーをつくると、
いつもより盛大な湯気がわたしを包みメガネをくもらせた。
コーヒーカップを両手でくるみながら、
「今日は寒かったねえ」とわたしが言うと、
「ほんっとに寒かった。まだ取っ手がかじかんでるよ」とコーヒーカップ。
丸い取っ手の部分に触れると、たしかにひんやりとしている。
コーヒーカップも、わたしといっしょで冷え性なのだ。
そこでわたしは、お風呂のなかでコーヒーを飲むことにした。
コーヒーカップをお湯のなかで傾けて取っ手を肩までお湯につけてあげると、
「ああーーーー」とふやけた文字を湯気に浮かべながら気持ちよさそうにした。
わたしがお湯のなかで体をほぐすあいだ、
コーヒーカップは、わたしの知らない曲を二番まで歌った。
お風呂からあがったあと、その夜はもう一杯だけコーヒーを飲んだ。
「今度さ、ショウガいれてあげようか」とわたしは言った。
「コーヒーのなかに?」とコーヒーカップは言った。
「あ、そっか。ショウガなら紅茶のほうがいいか。
冷え性に効くらしいよ」
「おまえは女としても冷え切ってるからな」
と、今夜もコーヒーカップは口が悪い。
「クリスマスはどうすんだよ」
その質問を無視して、わたしはコーヒーカップに口をつけて一口すすった。
するとコーヒーカップは言った。
「おまえのキスはまだまだお子様だな」
その一言に烈火のごとく怒ったわたしは、
コーヒーカップの中身を台所にぶちまけると、
そのまま「冷たい水でつけおき洗いの刑」に処した。
まったくもう。
と怒りながらもわたしは、今年のクリスマスは、
ミルクと砂糖をたっぷりといれたコーヒーカップといっしょにすごそうと思っていた。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
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