コピーライターの裏ポケット

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2012年02月05日

勝浦雅彦 2012年2月5日放送

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がシャ子の恋

           勝浦雅彦

その日、ガシャ子は、かつてない真剣な顔で、
私をもんじゃ焼き屋に呼び出した。

好きな人がいる。そしてその人は隣のクラスにいるという。

ガシャ子はクセっ毛で、それをいつもいじっている。
ロングにすると宣言したものの、クセッ毛は猛威をふるい、
彼女はドーナツ棒のような不思議な髪型になり、
頭頂部はピンとはねてクシャクシャになっている。
おかげで、かずこという名前が、
ガシャ子というあだ名に様変わりしてしまった。

ガシャ子はそのクセっ毛をいじる手を止めると、ピンと正座し、
私に「協力してほしい」と頭を下げた。
約1年も片思いをしているという。
もう限界だ、告白をしたい。そう、つぶやいた。
ガシャ子は古風な子だ。コクる、なんておかしな日本語は使わない。
こういうところが気が合う。

友よ、と私は言った。そうか、キミにもその時がきたか。
キミとのつきあいは長いが、キミが髪を伸ばしだしたのも、
授業中に上の空だったのも、すべて納得がいった。
で、キミのハートを鷲掴みにした殿方は誰なのか、
わたしにそっと教えたまえ。
ガシャ子は、一通りもったいぶったあと、
プチトマトみたいに顔を真っ赤にして耳打ちした。
その名前を聞いた私は、一瞬息を飲んだ。

放課後のチャイムが鳴り、いよいよ決戦の時はきた。
ガシャ子と待ち合わせて、指定の公園に向かう。
その横顔をちらっと見ると、しおらしい様子はなく、
決闘に向かう侍のようだ。私の役目は、決闘の立会人だ。
何も言わず、黙って見守る。

彼が姿を現したのは、待ち合わせ時刻の3分後だった。
バスケ部のエースらしく、長身が夕陽によく映えている。

私が見守るなか、ガシャ子がゆっくり彼に近寄る。
公園に二つの影が伸びていく。
と、ガシャ子は彼と並んで私のもとへ歩いてきた。

「はい、私の役目はここまで。あとはお二人でどうぞ」
とガシャ子は言った。
「え?何それ?」
私は動揺し、次の瞬間すべてを悟った。
見抜かれていた。私もずっと彼が好きだったことを。

「へへ、ドッキリ大成功。演技、うまかったでしょ。
では、ごゆっくり」
ガシャ子は背を向けて少し小走りに駆けていった。
私は彼と二人残された。

「あの子が一生懸命頼むから来てみたんだけどさ、どうするの?
今は彼女いないからつき合ってもいいけど」
怪訝そうな顔から吐き出されたその言葉を、私はもう聞いてはいなかった。

ちがう、あれは演技などではない、ガシャ子のことなら何でもわかる。
なにせ長い付き合いなのだ。
私は、夕暮れの街を彼女の背中を追いかけた。
きっと追いつけるはずだ。
そして、不思議そうに見つめる顔に、こう言うのだ、
「あんな自惚れ野郎、もう興味ないわよ」
ガシャ子は苦笑いして、クセッ毛をいじりながら言うだろう、
「ダメよ、そんなはしたない言葉」
私たちは古風なのだ。だから、気が合う。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


タグ:勝浦雅彦
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 勝浦雅彦 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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