コピーライターの裏ポケット

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2012年03月04日

小山佳奈 2012年3月4日放送

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彼岸にて

          小山佳奈

にゅんにゅんと日が暮れる3月のある日、
宝田セツ子はあの世からこの世へ向かっていた。

今年こそあの嫁に文句を言ってやろう。
今年こそあの嫁のねじくれた根性を正してやろう。

セツ子の仏壇は長男の家にある。
セツ子にとってはそれが憂鬱でたまらない。
お彼岸になると長男の嫁が、あろうことか、おはぎを供えるからだ。
「お義母さま、おはぎ好きでしたもんね」
などと言いながら。

ちがう、
私はおはぎを好きだなんて言ったことは一度もない。
私はあんこなんていう田舎くさいものよりも
マキシム・ド・パリのミルフィーユの方が100万倍好きだ。
銀座のグレタガルボと言われた私に、
ぼた餅ごときを供えるとは。

夜の井の頭公園に着いたセツ子は
長男の家に忍び込んだ。

アホのような顔をして夕食を食べている長男夫婦。
だいたいこの長男の育て方が悪かった。
甘やかしすぎてこんな低能な嫁をもらうはめになったのだ。

「もうすぐお彼岸ね」
「おふくろ死んでから10年か」
そのとおり、私は10年間、おはぎ地獄に耐え続けている。

「むこうでは正気に戻ってるかな」
「もちろんですよ」
「さすがにあの世で徘徊とかしてないよな」
徘徊?何のことだかさっぱりわからない。

「大変だったな、あの頃は。
 夜中に家を飛び出して警察から電話かかってきたり、
 家の中でおしっこ漏らしたり」
この私がおしっこを漏らす?知らない、聞いてない。

「あれも嫌、これも食べないって、ごはんを放り出した時にはさすがにまいったよ」
「でもお義母さん、おはぎだけはおいしいおいしいって食べてらしたのよ。
 10個も20個もぺろりと」
「実はさ、おふくろ、相当貧しい田舎の生まれでさ、
 お彼岸に食べるおはぎが、唯一のごちそうだったんだって。
 でもほらあの性格だろ、田舎が嫌で嫌で、家出同然みたいに東京に出て来て、
 それからはもう、ただがむしゃらに頑張って、あそこまで登り詰めて。
 裕福になってからはいつも、
 世界中のおいしいものやめずらしいものを食べてた。
 これはどこそこのなんとかよ、って嬉しそうに」
「マキシムのミルフィーユとかね」
「でもさ、そうして何もかも食べ尽くしたおふくろが
 結局、人生の最後に食べたかったのは
 おはぎだったんだって思うと
 ちょっとたまらなくなるんだよね」
 
セツ子はもうそこにはいなかった。
井の頭公園のベンチに座って仏壇から盗んできたおはぎを食べた。
そしておいおいと声をあげて泣いた。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/

タグ:小山佳奈
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小山佳奈 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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