コピーライターの裏ポケット

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2012年05月27日

上田浩和 2012年5月27日放送

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あんこがはみ出してたいへんかもな

           上田浩和

スコアボードには0がずらっと並んでいる。
両チームとも得点を奪えないまま迎えた9回の裏。
攻撃側は最大のチャンスを、
守る方にしてみれば最大のピンチを迎えていた。
ランナー3塁。つまり一打サヨナラの場面。
しかもまだ1アウト。
ピッチャーの鼓動がここまで聞こえてきそうだと、
サードを守る山下は思った。
自分なら逃げ出したくてたまらないはずだから、
小走りでマウンドまで行きピッチャーに声をかけたが、
効果があったのかは分からない。
守備位置に戻りながらふと顔を上げると、
相手チームのランナーの足下にあるサードベースが目に入った。

山下がそのことに気がついたのは、3回裏の守備のときだった。
慣れ親しんだはずのサードベースの様子が、いつもとは違ったのだ。
サードベースは、ふつう四角と決まっている。
であるのに、きょうのサードベースは、丸い。
ふつうは白いはずなのに、きょうのはどこか黄色っぽい。
格子模様が入っている。砂糖までまぶされている。
そして焼き立てだった。3回の時点ではまだほかほかしていた。
うまそうだった。
その印象は、すっかり冷めてしまった9回になっても変わらない。
きょうのサードベースは、メロンパンだった。

「これ、メロンパンだよな」山下は三塁ランナーに聞いた。
「ですよね。やっぱメロンパンっすよね」
「うまそうだよな」
「いやあ、おれはアンパンのほうがよかったな」
「まじ?アンパンってあんま食べなくない?」
「そうっすか?」
山下は正直意外だった。
ランナーの男は、入団5年目のまだ若手と言われる選手のはずなのに、
アンパンが好きとは味覚がベテランというかなんというか。

試合はあっけなく終わった。
次のバッターがサヨナラホームランを打ったのだ。
大歓声のなか打った相手選手が、
大げさなガッツポーズしながらゆっくりとダイヤモンドを一周する様子を、
山下は悔しそうな表情で追っていた。
そしてその選手がサードベースを踏んだ瞬間を
誰よりも間近で見ながら思った。
これがアンパンだったら、あんこがはみ出してたいへんかもな、と。
サードベースにはメロンパンがいちばん適しているのかもしれないな、と。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 上田浩和 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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