コピーライターの裏ポケット

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2012年07月29日

上田浩和 2012年7月29日放送

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グミ

          上田浩和

下の奥歯が虫歯になってからというもの、
グミを噛むのは前歯の役割になっている。
ところがそれだと味がよく分からない。
前歯は「噛む」というより「裂く」に近く、裂くだけでは、
せっかくのジューシーさがグミからにじみ出てくることはない。
7月のある日、歯医者に行こうと心に決めて、ぼくは家を出た。
セミが声の限りに鳴いている。
ついのど飴をあげたくなる。
ノンシュガーのやつにしてあげよう。
虫歯はやはりセミでも痛い。
わずかしかない命の時間を歯医者で並ばせて
無駄にするような真似だけはさせたくない。

歯医者へ行く途中に小学校がある。
ぼくもそこを卒業した。
6年生のときの担任は坂本先生という
すね毛を生やした女の先生で、
いつも大きなメガネのむこうの目をとがらせて、
前にいた学校の生徒たちは素直でよかったとか言うので、
ぼくはその先生のことをあまり好きにはなれなかったのだが、
そんなことを思い出しながら
小学校の塀にそって歩くうちにプールが見える場所に出た。
子供たちが楽しそうに泳いでいる。
頭にかぶっている赤や緑や黄色の色とりどりの水泳帽が、
遠目に見るとグミのようで、
いっとき夏の暑さを忘れさせてくれる。
子供の頃、ぼくは、プールの水面にいくつか浮かべたグミを、
水中にしゃがんで、そこから見上げるのが好きだった。
夏の空に向かって跳ねるカラーボールのようで、
とくにグレープ味の紫色のグミは、
きらきらと宝石みたいに輝いてきれいだった。
そんなグミを、ぼくはトビウオになったつもりでプールの底を蹴り、
ジャンプしながら口で捕食した。
そうやって食べるグミがいちばんおいしい。夏の味がする。

「なにやってるんですか」
いつだったか、水から顔を出しグミを味わっているときに
その声が聞こえた。
声の方を振りむくと、
水に濡れてすねにへばりついたすね毛が見えた。
なんだか悲しそうな顔をした坂本先生がプールサイドにいた。
前の学校の生徒と比べていたのかもしれない。
「グミを食べてます」とぼくは言った。
その夏、ぼくはグミを主食のように食べ続けた。
いま虫歯なのは、その夏のグミのせいかもしれない。
ノンシュガーのグミが発売されたのは、
それからずいぶん経ってからだった。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:上田浩和
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 上田浩和 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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