コピーライターの裏ポケット

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2012年08月26日

上田浩和 2012年8月26日放送

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のぞき窓

            上田浩和

ノックの音がした。
玄関の扉についた丸いのぞき窓をのぞくと、
向こうは真っ暗だった。
それだけでわたしには、
その相手が熊本出身の友だちであることが分かった。

辛子蓮根をご存知だろうか。
蓮根の穴という穴にぎっしり辛子をつめこんだあと、
まるごと揚げた熊本の名産品だ。
醤油をつけてもいいが、そのままでもおいしい。
おかずにもつまみにもなるので、
熊本の食卓には日常的に並んでいる。
そんな辛子蓮根で育った熊本の人は、丸い穴を見ると、
ついつい辛子を詰め込みたくなる衝動にかられるのだという。

わたしも一度熊本を旅したことがあるが、
熊本の人の穴と辛子へのこだわりは徹底していた。
熊本県民の朝は、まず全身に辛子をぬりたくりことからはじまる。
そうやってすべての毛穴と鼻の穴に詰め込むのだ。
外に一歩出ると、
黄色い蓋がされたマンホールが道のいたるところにあり、
その上を、鼻の穴が黄色いおじいさんが、
お尻の穴が黄色い犬を連れて歩いている。
学校では学生たちが、
マークシートの丸い穴を必死に辛子で塗りつぶしている。
夜、バーの片隅では、若者たちが心にあいた穴を
互いに辛子で埋め合いながら、その刺激に涙を流している。
空気にも、熊本は辛子の匂いがまじっている。
酸素の元素記号であるOの穴にまで、
辛子が埋め込まれているせいだ。
もちろんCO2も同じだから、
あまり熊本県民をがっかりさせないほうがいい。
辛子くさいため息をはく。
そんなわけで熊本は、どこに行っても辛子の匂いが立ちこめている。
とくに、8月はその匂いがより強烈になる。
なぜなら、8という数字には、丸い穴がふたつもあいている。

それで、なぜ、声も聞かないうちに扉の向こうにいるのが、
熊本出身の友だちだと分かるのかというと、
丸いのぞき窓の向こうが真っ暗だからだ。
のぞき窓が丸いのを発見して、辛子で埋めたに違いないのだ。
今日は、8月28日。
一年でもっとも丸い穴の多い日に、熊本出身の友だちがやってきた。
悩み多き人だ。話しているうちに、何度もため息をつくだろう。
辛子があまり得意ではないわたしは、覚悟しなくてはならない。
深呼吸をひとつしたあと、
その心に開いた穴を埋められるだけの辛子が、
うちにあったかを思い出しながら、わたしは扉を開けた。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:上田浩和
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 上田浩和 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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