コピーライターの裏ポケット

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2012年11月25日

上田浩和 2012年11月25日放送

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ホテルラベンダー

          上田浩和

「こちら警察の落とし物係なんですが」
電話の声は女だった。
「あなたのドウテイが届いています」
女は若干言いにくそうにそう言った。
「ドウテイというのは、つまりそのいわゆる童貞ですか?」
「そうです。いわゆるチェリーボーイの童貞です」
ぼくが童貞を捨てたのは、たしか5年前の秋の日の夜。
冷え込んだのだろう、たくさん服を脱いだ覚えがある。
はじめてできた彼女のおかげで、その晩、
某所にあるホテルでめでたく捨てることができたのだった。
「どこに落ちてたんですか?」
「ホテルラベンダーです」
間違いない。そのホテルは、たしかそういう名だった。
「でも、もう5年も前に捨てたものですよ」
「ホテル側が久しぶりに大掛かりな掃除をしたところ、
207号室のベッドの下からあなたの童貞が見つかったそうです」
「なんでぼくのだと分かるんですか?」
「名前と住所がしっかりと書いてありますよ。電話番号まで」
そんなものにそんなものを書いた覚えなどまるでなかった。
「取りに行ったら、またぼく童貞になるんですよね?」
「そうなるんだと思います」
大事にしまっておいたわけではないが、
結果的に20年以上の長い付き合いになってしまったぼくと童貞。
捨てたときは、5キロばかり体重が減ったような気がしたし、
これで友達といても肩身の狭い思いをしないで済むと安心もした。
成人式よりも大人になった実感があった。
捨てて得るものがあるのが童貞だ。
でも、正直、もうすっかり童貞のことなんて忘れていた。
それを今さら拾ったから返すと言われても、
どう扱えばいいかなんて分からないし、
もう一度童貞に戻りましたなんて誰にも言えない。
「こういうことはよくあるんですか?」
「こういうことというのは、童貞が届けられることですか?」
「ええ」
「たまにありますよ」
「みんな取りに来るんですか?」
「いやあ、めったにいらっしゃらないですね」
「えっと、じゃあ、その拾われた童貞はどうなるんですか?」
「一定期間保管したあとで焼却処分されます」
「じゃあ、ぼくのもそれでお願いします」と言うと、
女は小さくため息をつき、事務的な挨拶を残して電話を切った。
申し訳ないことしたな、とぼくは思った。
そして警察の落とし物係の保管箱にいれられた
自分の童貞の冥福を祈った。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 上田浩和 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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