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2013年01月13日

小松洋支 2013年1月13日放送

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雨男

          小松洋支

その村には「雨男」がいた。

どこからともなく姿を現わし、どこへともなく消えていく。
現れるのがいつ、どんな時かも決まっておらず、
どこに住んでいるのかも分からない。

「雨男」と呼ばれてはいるが、果たして本当に人なのか、男なのか、
確かめた者は誰もいない。

例えば夏の夕暮れ、村人が思い思いに川べりで涼んでいるとき、
あるいはよく晴れた秋のある日、百姓たちが総出で稲刈りをしているとき、
「雨男」は破れかかった竹の柄の傘をさして不意に現れ、
人びとの好奇の視線をしばし集めながら
橋や畔道を濡らして、一言も発することなく歩み去って行くのだった。

「雨男」が現れると、天気が変わって雨が降り出すのか、というと、そうではない。
雨は、「雨男」の傘の中に降っているのだ。
だから、「雨男」の歩いた後は、黒く濡れた一筋の道になる。
ただ、「雨男」の姿は、雨脚のむこうに隠れてよく見えない。
狐か狸の悪戯なのではないか、と疑っている輩も少なからずいた。

ある年の春、庄屋の娘が婿をとった。
その祝いだというので、村人たちにも酒がふるまわれた。
空には春霞がたなびき、桜の花も咲き、たいそうのどかな日だった。
そこに、「雨男」が現れた。
庄屋の家の前を、傘をさして通りかかったところだった。
庄屋は腹を立てた。
せっかく晴れたこのめでたい日に、雨とは縁起でもない。
あいつを追い払え。
二度とこの村に足を踏み入れないようにしてやれ。

酒の勢いも手伝って、村人のひとりが「雨男」に石を投げつけた。
つられて大勢が石を投げはじめた。
そのいくつかが傘の中に飛び込んで鈍い音を立て、
転がり出てきたのを見ると血がこびりついていた。
村人たちは罵り、あざ笑い、
遠ざかっていく「雨男」に、なおも石を投げた。

小作人の娘がひとり、「雨男」を村はずれまで追って行った。
丸木橋の前で「雨男」を呼び止め、おずおずと手拭いを差し出した。
手拭いを持った手を傘の中に差し入れると、見えない手がそれを受け取り、
娘の袂は雨でぐっしょりと濡れた。
「雨男」は、しばらくその場に佇んでいたが、やがて黙って立ち去った。

その年の夏、村はひどい日照りに見舞われた。
何十日も雨が降らない日が続き、田畑はひび割れ、穀物は立ち枯れた。
ただ、ひとりの小作人の田んぼだけは水をたたえ、稲が青々と育っていた。
そのわけを、小作人の娘は知っていた。
夜、村が寝静まった頃になると「雨男」が傘をさして現れ、
小作人の田んぼの中を歩いて回っているのを、
雨戸の隙間から月明かりで見たからだった。

娘は十七のときに熱の病に罹って死んだ。
その夜、突然の嵐が村を襲い、叩きつけるような大雨が降り続けた。
嵐が去って後、「雨男」が再び村に現れることはなかった。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


タグ:小松洋支
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小松洋支 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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