コピーライターの裏ポケット

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2013年05月19日

細川美和子 2013年5月19日放送

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愛想の悪い猫

           細川美和子

その猫はおっとりとした猫だった。
家の人にも、外の人にも愛想がよく、
すりすりと額をこすりつけ、
ゴロゴロとのどをならし、おとなしく抱かれた。
そう、わたし以外には。
なぜかわたしが手をさしだすと、猫パンチしてきて、
なぜかわたしが近づくと、ダッシュで逃げる。
子猫のときにひろってきて、病院に連れていき、
目やにをとり、鼻水をふき、耳ダニの始末をし、
標準体重まで太らせたのはわたしなのに。
ふてくされてほうっておくと、
物陰からこちらをじっとみている。
ふん、しらんわい、と思って無視していると、
またパンチして去って行く。
おいかけると、しっぽをピンとたてて逃げまわる。
決して抱かせてはくれない。
むりして抱き上げると
フギャーっといって逃げていく。
そしてまたこっちを見ている。
わたしのそばで寝るときは、
ぷいっとおしりを向けて眠る。
だんだんつかれてきて、
何をしてきてもほうっておくようになった。
まあいいか。
ほかのひとにかわいがられているときのほうが、しあわせそうだし。
そうやって相手をしなくなったわたしを、
そいつはいつも少しだけ遠くからじっと見ていた。
そして、ある日突然、家からいなくなった。
さびしいな、と思ったけど、あまり考えないようにした。
いなくなったもののことを考えるのは、得意じゃないのだ。
忘れるほうが、得意だ。
でも、ある日わたしは、
猫の気持ちについて書かれた本を読んでしまう。
そして、読まなきゃよかった、と思う。
猫がしっぽをピンとたてて逃げるのは、かまってほしい印だとか。
おしりを見せて寝るのは、信頼している印だとか。
じっと見ているのは、愛情の印とか。
いい加減なことばかり書いてある。
どうしてそんなことわかるんだ。
猫の気持ちなんて、人間にはわかんないでしょ。
その本は、二度と開かなかった。
猫ももう、二度と、拾わないと思う。
わたしにだけ、性格の悪かった猫。
いまごろどうしているんだろう。
だれかに抱かれているんだろうか。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/

タグ:細川美和子
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 細川美和子 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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