コピーライターの裏ポケット

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2013年07月14日

小松洋支 2013年7月14日放送

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しゃぼん玉

            小松洋支

しゃぼん玉って、いまは買うものなんだね。
ぼくが子どもの頃は、つくるものだった。
洗面所にある石鹸と水道の水でね。

お母さんに使わないコップをもらって、
ちょろちょろ水を出した蛇口の下で、石鹸を揉むようにして
コップに石鹸液をためるんだ。
薄すぎるとしゃぼん玉ができないけど、
濃ければいい、というものでもない。
それに、どんな石鹸かによって、しゃぼん玉の出来が違う。
坂本くんがつくるしゃぼん玉は、
ぼくのより虹色が濃いような気がして、
石鹸を見せてもらいに、
坂本くん家まで行ったこともあったっけ。

台所の食器用洗剤をうすめて吹くと、
小さなしゃぼん玉がいくつもいくつも飛び出してくる。
しゃぼん玉どうしがくっついて、
くるくる回ったりするのが好きだった。
洗濯機の脇においてある「ザブ」の粉を水に溶かして吹くと、
びっくりするくらい大きなしゃぼん玉ができて、
でも、すぐに丸い輪郭がおぼろに霞んで、
ふーーっと消えてしまうんだ。
「はかない」という言葉を聞くたびに、
ぼくはあの「ザブ」のしゃぼん玉を思い出す。

あれは、夏休みが始まろうとしていた頃だったな。
もうニイニイゼミが鳴いてたから。
ぼくは坂本くんと池浦くんと3人で、
踏切のそばの石垣に座って、しゃぼん玉遊びをしてたんだ。
と、ぼくらの前のアスファルトの道を
同じクラスの女の子が何人か通りかかった。

彼女たちもすぐぼくらに気づいて、
しゃぼん玉を追っかけたり、手のひらでパチンと割ったり、
みんなキャーキャー笑って、お互いにふざけあった。
でも、ひとりだけ黙ったまま立ってる子がいた。

高梨道子という名前の、色の白い小柄な子だった。

ぼくは石垣から飛び降りて、女の子たちのまわりを歩きながら、
わざと顔めがけてしゃぼん玉を吹いたりした。
でもその子は、どこか遠くに目をやっていて、
はしゃいでいるぼくたちの方を、一度も振り返ろうとしなかった。

2学期が始まった日、先生はその子が尾道というところへ
転校していったと教えてくれた。
「えーーー」とぼくは声に出して言った。
それから取りつくろうように「おのみちって、どこ?」と叫んだ。

帰り道、石を蹴りながら踏切の前まで来たとき、
ぼくは思わず立ちどまった。
目の前に線路があった。
この線路は尾道に続いてるんだろうか。
貯金箱の中のお金で尾道までの切符は買えるんだろうか。
そんなことを考えてたんだよ、真剣に。
空にはもうアキアカネが飛んでたな


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:小松洋支
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小松洋支 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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