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「コピーライターの左ポケット」の
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コピーライターの裏ポケット
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2013年09月08日
上田浩和 2013年9月8日放送
山田
上田浩和
今年最後に蚊に刺されたのは9月18日で、
ぼくはテレビを見ていた。
日曜夕方の大喜利の番組。
その日は黄色ががんばっていた。
紫がいつもの腹黒さで場を盛り上げていた。
ピンクがいつものようにさえないことを言っていた。
オレンジが師匠譲りの元気さだけで乗り切っていた。
左腕に蚊が止まっていることに気がついたのは、
お題が3問目に移ろうとしたそのときである。
すでに蚊は足場を固めぼくの血を吸いはじめていた。
どんどん真っ赤にふくれていく蚊のお腹を見ながら
ぼくは考えていた。
そういえば、この大喜利の番組には赤い着物の人がいない。
戦隊物ではリーダーと決まっている赤がいない。
いや、いた。
ちょうどそのとき、画面右から赤い着物の男が現れ、
黄色の座布団を全部持っていき、
番組はその日一番の盛り上がりを見せていた。
赤は山田隆夫か。
蚊のお腹がじゅうぶん膨らむのを待ってぼくは右手で叩き潰した。
当然、左腕には、潰された蚊と血の跡が残ったが、
なぜだかぼくにはそれが山田隆夫の死体に思えてならなかった。
苦悩した末、警察に出頭した。
座布団運び殺しの容疑で緊急逮捕される運びとなった。
鑑識が現れ、白い粉をぽんぽんして去って行った。
刑事や警官たちに取り囲まれ、実況検分が行われた。
それが終わったあともしばらくのうちは、
死体を囲む白いラインが蚊の形になって残っていた。
取調室でぼくは訴えた。
画面向かって左から、水色、ピンク、黄色、銀色、紫、オレンジ。
あの6人は、落語家であってもう人間ではないのだと。
その証拠に普通の人間に大喜利なんてぽんぽん答えられますか?
あいつらの体内に流れる血は、もう赤くはないのだ。
あいつらを刺せば分かる。俺に刺させろ。
あいつらは、きっとピンクの血を流し、水色の血を吐くに違いない。
俺は山田隆夫をまだ人間のうちに、
落語家になる前に、まだ赤い血が流れているうちに、
座布団運びから解放してあげたのだと。
結果的に、その訴えが元で精神鑑定に回されることになり、
今、ぼくは留置所にいる。
暑くもなく、寒くもなく、いい季節に入れてよかったと思っている。
あの夜以来、蚊の姿は見ていない。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:上田浩和
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