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コピーライターの裏ポケット
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2013年09月15日
小松洋支 2013年9月15日放送
空箱
小松洋支
パン屋とクリーニング屋に挟まれた店は、
シャッターが閉じられていた。
いつもそこを通っているのに、何の店だったかもう思い出せない。
シャッターの前にはいろいろな大きさの箱が積まれていて、
「空箱(からばこ)、自由にお持ちください」
という貼紙がしてある。
本を実家に送り返そうと思っていたところだったので、
手頃なのをひとつ、もらって帰った。
本棚の前で箱を開けてみると、
中にはよく晴れた青い空が広がっていた。
空箱(からばこ)ではなく、
空箱(そらばこ)だったのだ。
どこからか雲が流れてくる。
薄い、ふわっとした、白いスカーフ状のものが、
くるくると丸まったり、端っこが伸びたりして、
いつのまにか翼をひろげた大きな鳥になっている。
気がつくと、時間がたつのを忘れて箱をのぞきこんでいた。
それからというもの、
朝起きるとすぐに空箱(そらばこ)を開けるのが日課になった。
箱の中の空は、おおむね晴れていた。
おなじ晴れた空でも、光の加減や雲の様子が違っていたし、
空の青が、群青にちかい日や、
すみれ色に見える日など微妙な違いがあって
毎日眺めていても飽きることはなかった。
まれに薄曇りの日もあったが、
そんなときもしばらく眺めていると、ゆっくりと陽がさしはじめ
やわらかい光がだんだんひろがっていって、
まるで空全体がオパールになったように思えるのだった。
ある日、空箱(そらばこ)を開けると、なにかが激しく顔を打った。
雨粒だった。
真っ暗な空から大きな雨粒が、
いくつもいくつもこちら目がけて飛んでくる。
と、いうことは。
それまで考えもしなかったが、箱の中の空は自分の下ではなく、
上にあるのだ。
そう思ったとたん、体が天井へと落下した。
豪雨でずぶ濡れになりながら、
床に置いてある空箱(そらばこ)を見上げると、
どす黒い雲を縫うように、閃光が走った。
次の瞬間、
ガリガリガリッ。 ドーーーン。
轟音が響きわたって空箱(そらばこ)から天井に落雷し、
蛍光灯が砕け散った。
空箱(そらばこ)は自分の雨で段ボールがぐにゃぐにゃになり、
放電の勢いで吹き飛んだ。
翌日、空箱(そらばこ)が積んであった所に行ってみた。
閉店したのが何の店だったのか、知りたかった。
だが、パン屋とクリーニング屋は隣り合っていて、
その間には、何もなかった。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:小松洋支
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