コピーライターの裏ポケット

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2013年10月06日

上田浩和 2013年10月6日放送

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地上の恋とは違うのだ

              上田浩和

街のはずれの、人が一人ようやく横になれるくらいの
極めて小さい土地に家を建てた。
超がひとつじゃ足りないくらいの超高層ビルだ。
一階は、玄関。そこでぬいだ靴をいれる下駄箱は、二階にある。
三階はトイレで、四階は洗面所。五階はお風呂と言った具合に、
この最小限のスペースを最大限に活かすために、
家に必要とされる機能を各階にひとつずつ割り振っていったわけだ。
必然的に家というには高すぎて、
そしてビルというには細すぎる、
塔と言った方が近いような我が家ができた。
各階の移動はエレベーターを利用する。
ただいま、と一階の玄関をくぐって、
最上階155階のリビングに着くまでのおよそ7分間の
エレベーターの中での時間が、ぼくは好きだった。
シュルルルという箱が上昇する音を聞いていると、
パイプを通って空に帰っていくような不思議な気持ちがした。
耳がつんとする感じも好きだった。

土曜日の16時30分すぎ。
ぼくは毎週その時間になると、
最上階から窓の外に広がる東の空を見つめる。
しばらくするとそこに点が現れる。小さな点だ。
それはじょじょに大きくなり、横に広がり、
やがて飛行機の形となり、すぐそばを横切って行く。
ぼくはその一瞬を毎週楽しみにしていた。
飛行機の中からこちらに視線をおくってくる
キャビンアテンダントの女性と目が合うその瞬間を。

彼女とはじめて目が合ったのは、いつだっただろう。
ビルと飛行機との間には、それなりに距離があったが、
目が合ったことはお互い分かった。そして、引かれ合ったことも。
彼女と一緒にいたい、とは思うけど、
それが無理なことは分かっている。なにせこの家だ。
一人が限界のこの狭い家のために、
ぼくは払い終えるのに一生かかるローンを組んでいる。
印鑑を押す時は、一生独身の決心すらしたのだ。
それなのに淡い期待を抱くようになったのは、このビルのすぐ横に、
このビルと同じくらいの敷地の空き地ができたからだった。
ぼくはついついこのビルと同じビルが、そこにも建って、
そしてそこで暮らす彼女の姿を想像してしまった。
そっちのビルとこっちを空中廊下で繋げば、
自由に行き来できるに違いない。
しかし、そんな金がいったいどこにあるというのか。
それは分かっている。分かっているのに、
その想像が膨らむのを止められないのは、星のせいだ。
このビルの最上階から見える星空は、星の数にしても
ひとつひとつの輝きにしても地上からとは比べものにならない。
ほんの30分のうちに、いくつもの星が流れていく。
願い事はし放題。叶わない願い事はないように思えてくる。
明日にでも隣にビルが建ち、
彼女が引っ越してくるような気がしてくる。
これは地上の恋とは違うのだ。
何が起こるか分からないのだ。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/



タグ:上田浩和
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 上田浩和 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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