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コピーライターの裏ポケット
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2014年07月13日
小山佳奈 2014年7月13日放送
「よもぎの国」
小山佳奈
母が死んだ。
施設に長くいた母の葬儀はとても簡素なものだったので、
兄と姉と私はお葬式が終わると、
初七日もそこそこにそれぞれの家へ帰った。
母のことは、嫌いだった。
田舎育ちで、都会のことを何も知らない母。
その田舎くささが嫌で、私は18の時に、逃げるように家を出た。
結婚してからというもの、ますます実家からは遠ざかり、
今回の帰省は10年ぶりだった。
地元の駅につくと、ほっとしたのか、疲れが出たのか、
妙に足が重く、だらだらと歩いていると、
いつも通っている土手に、見慣れない草を見つける。
あれ、こんなところに、よもぎなんて。
気づけば、そこかしこに生えている。
いじましく葉を広げるよもぎを見ていると、
突然、記憶がよみがえってきて、
いつの間にか私は、目につくかぎりのよもぎを摘んでいた。
家に帰ると、泥を落とす間ももどかしく、
お湯をいっぱいに沸かしてよもぎをゆでると、
独特の青臭い匂いが台所中に広がる。
そうだった。
いつも母とよもぎを摘んでは、草餅をいっしょにつくった。
母は野草を見分ける達人で、その原っぱの草が、
食べられるか食べられないかを、瞬時に見分けることができた。
よもぎとのびるとつくしは、春のごちそうだった。
東京では、菜の花の天ぷらが、1000円以上するんだよと言うと、
母は金歯をむき出しにして、笑っていた。
そんな母が少しぼけ始めたとき、
私たち兄弟はめんどくさがって、施設に入れてしまった。
その施設はとても立派なものだったけれど、
街中のビルだったから周りに野草なんて生えているわけもなかった。
なぜ最後くらい母を自然の中に帰してあげられなかったんだろう。
出来上がった草餅を、私は一つ残らず平らげた。
お腹がはちきれそうだったけれど、全部食べつくした。
私の体を、野草の香りで満たしたかった。
そんなことをしても、母が帰ってこないことはわかっているのに。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
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