コピーライターの裏ポケット

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2014年07月27日

上田浩和 2014年7月27日放送

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りゅうくん

        上田浩和


「ウーマンインレッドって知っとる?」。
高校三年生の夏。りゅうくんが言った。
ぼくは知らなかったけど、そういう映画があるらしい。
りゅうくんとぼくは教室の窓際の席にいて、
二時間目と三時間目の間の休み時間で、
りゅうくんは鞄から一枚のCDを取り出した。
赤いドレスを着た女性が印象的なジャケット。
それがその映画のサントラだという。
「このなかの曲ばね、明日、放送部の横山にお願いしてから、
昼休みの校内放送でかけてもらうつもりとたい」。
そう言うりゅうくんに「なんで?」とぼくは聞いた。

次の日の昼休み。
りゅうくんとぼくは中庭にいた。
そこから二階にある三年七組の教室を見上げていた。
りゅうくんの顔は緊張でぎくしゃくしていた。
「そろそろじゃないと? りゅうくん」。
ぼくの声もどこかそわそわしていた。
校内放送がはじまった。
普段は気にもとめない放送部の横山くんの声に、
その日だけは全身を耳にした。
いつものどうでもいい前置きのあと、
「今日はリクエストが届いています」と横山くんは言った。
「来たー!」とぼくらは小さく叫び、
たまらずその場にしゃがみ込んだ。
「三年七組の丸山さんに、三年四組のりゅうくんから、
曲のプレゼントです」。
その一言で、それまでざわついていた三年七組の教室が
急に静かになったのが分かった。
そして、横山くんはつづけた。
「スティービーワンダーで『心の愛』です。どうぞ」。
静けさから一転、三年七組の教室から、
女子たちのきゃーという歓声が溢れ出してきた。
りゅうくんは顔を真っ赤にしながら耳をすませていた。
そのなかに丸山さんの声を探していたのかもしれない。
イントロはほとんど聞き取れなかったけど、
サビにさしかかる頃には、教室のざわめきも一段落して、
同じようにぼくらも落ち着きを取り戻していた。
それから数分の間、
学校中にスティービーワンダーの歌声が響いていた。
ぼくは、とてもいい曲だと思った。
聞きながら、さっきの歓声を頭のなかで振り返っていた。
いい反応だったと思う。
丸山さんがどう思ったのかは分からないけど、
三年七組はふたりを祝福していたように思えた。
「よかったんじゃないと? りゅうくん」とぼく。
「だとええけど。迷惑だったかもしれんねえ」。
りゅうくんはそう言うと、
日焼けした顔をゆがめてうつむいてしまった。
その横顔をぼくはなぜかうらやましいと思った。
りゅうくんとぼくは高校三年生で、季節は夏で、
制服の白い半袖のシャツを着ていた。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/

タグ:上田浩和
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 上田浩和 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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