コピーライターの裏ポケット

こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2014年10月12日

中村直史 2014年10月12日放送

141005nakamura.jpg

「風の声」

     中村直史(なかむら ただし)

父のことを尊敬していた。年をとっても、いつも夢見がちなところがあって、
そこが好きだった。あまり家にいる人ではなかった。知らないうちに、いろん
な場所を旅していて、文学や音楽にもくわしかった。子どもに対して、ああし
ろこうしろと言うこともなかった。そのぶん、諭されたり、アドバイスをして
くれる時は、胸に響くものがあった。ただ、アドバイスといっても、ほんとう
にそれが私へのアドバイスだったのか、それとも独り言を言っていたのかは、
よくわからない。今思えば、私の生きている現実と、父の生きている現実は少
し違ったのかもしれない。父はよくこう言った。「迷った時は、風に聞いてみ
るといい」。風に聞く。意味はわからなかったが、私の胸に響いた。あとは、
こんなこともよく言った。「幸せは、いつだってお前の手の中にある。幸せは
手に入れるものじゃなくて、ただ気づくだけのものなんだ」。月日は流れた。
父ももうこの世にはいなかった。私はたくさんの人生の荒波をこえ、たくさん
の迷いに直面してきた。今日もまた、迷いを抱えた私は、父とドライブした岬
の崖の上に立って、しずかに風の音に耳をすませていた。私は風に語りかけた。
私はこれから、どうすべきだろう?びゅーびゅーと風は崖のうえを吹き抜けて
いく。風の声が私の心の中で響いた。「あるがままに」。風がさらに吹き抜け
る。別の声が心の中にこだました。「世界が奏でる音楽とダンスするんだ」。
私は風に聞いた。「あるがままに?世界の奏でる音楽?」「そう、あるがまま
に。答えはもうキミの中にあるのだから」。私は目を閉じると、風に向かって
答えた。もう・・・もう、そういうオシャレっぽいのはいいから。オシャレっ
ぽくて、もったいぶっていて、少しスピリチュアルな、そしてだいたいは、自
分らしくあればいいみたいな結論の、そういうやつは、もうほんといらないか
ら。俺もう48だから。気づけば私は大声を出していた。デートにきていたカッ
プルが何事かとこちらを見つめている。吹きつづける風に私は大声で叫んだ。
「もっと具体的に!」。風はもう私に答えてはくれなかった。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


タグ:中村直史
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中村直史 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がない ブログに表示されております。