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「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです
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コピーライターの裏ポケット
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2014年10月26日
小松洋支 2014年10月26日放送
脱出
小松洋支
天井で赤いランプが点滅し、サイレンがけたたましく鳴っている。
先ほどの衝撃が、なにかトラブルを引き起こしたに違いない。
コクピットの後ろのドアがひらき、
いつもの滑るような動作で、ロザリンドが入ってきた。
「1分02秒前、小型の天体が左舷をかすめました。
防御センサーにより衝突は回避しましたが、
天体に角(つの)のような突起が出ていたらしく、
それが推進機にぶつかった模様です」
ロザリンドの電子音声は、いつも通り冷静だ。
「推進機能が損なわれたため、退避が必要です。
エマージェンシーカプセルを切り離しますので、至急移動をお願いします」
わたしはロザリンドをじっと見た。
もう型番が古くなったボディは、表面に細かい傷がたくさんついている。
転倒防止装置がまだ外付けになっている時代の、
アーデン社製造のものだ。
わたしたちの任務は、希少ガスのアルゴンを探すことだった。
数えきれないくらいの銀河をめぐった。
母船が探査ポイントに着くと、
わたしたちのようなリトルシップがいくつも飛び出して、
周囲に散らばる星の大気を収集してまわり、母船に届ける。
そんな旅を30年も続けた。
「ロザリンド、お前とはずっといっしょだったな。
危険な目にもずいぶんあったが、
いつもお前の的確な判断で救われた。
お前がいなければ、いまわたしは、ここにはいない」
サイレンが鳴り続けている。
「そんなわたしも、もう70を越えた。
心臓に重い持病がある。
母船に帰ってもそう長くはもたないだろう。
だが、お前は違う。
メンテナンスすれば、まだまだ働ける。
カプセルの収容人数は1名。
乗るのはお前のほうだ」
ロザリンドは、わたしの話を
まるで聞いていなかったかのような応答をする。
「推進力が失われたので、質量の大きな星 Z 13(ゼータイチサン)の重力が
本機を引き寄せ始めています。
エマージェンシーカプセルへの移動をお願いします」
機体が大きく前へ傾く。
「もう一度言う。カプセルにはお前が乗れ。
これは命令だ」
ロザリンドはフリーズしたかのようにしばらく動かなかったが、
やがて向きを変え、のろのろと進み始めた。
わたしは、その後ろ姿を見送っていた。
ドアの前で、ロザリンドはふりむいた。
同時に、金切り声のような音が、サイレンをかき消すほど高くコクピットにこだました。
透明な強化樹脂で覆われたロザリンドの頭に、
非常ランプの赤がちらちらと反射していた。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:小松洋支
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