コピーライターの裏ポケット

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2014年11月16日

小松洋支 2014年11月16日放送

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トーラ
小松洋支

小さな駅の閑散とした改札口を出ると、いきなり潮の匂いがしました。
海がもう、すぐそこなのです。

駅前から道はだらだらと下り坂になっていて、
道の両側にはマッチ箱のような店がぽつぽつ並び、
置物のような老人たちが、
たばこや袋菓子、時計バンドといった珍しくもないものを売っています。

店番がいない豆腐屋の
豆腐とこんにゃくが泳がせてある背の低い水槽の水を
耳の垂れた野良犬が飲んでいます。

とても地味なブラウスやとても派手なアロハが、
くすんだ用品店の店先にぶら下がっています。

はじめて来たこんな田舎町が、
なんだか切ないような気持とともに、
もしかしたら自分の故郷(ふるさと)ではないかと思えてくるのが
いつもながら不思議でなりません。

めざす神社は海に突き出た岩場の上にあるはずです。

坂をおりきると、潮の匂いが急に強くなって、
粘り気のある湿っぽい風が髪を後ろに吹き飛ばしました。

こじんまりした港が見えます。
しかも人だらけ!

この町にこんなに人がいたのだろうか、
と思うほどの人数が突堤に集まっています。

「トーラが来るぞお」
誰かが大声で叫びました。
「トーラだ。トーラだ」
次々に声が上がります。

「トーラ」?
人波の頭ごしに沖の方を見て、立ちすくみました。

ぬめるような光を帯びた巨大ななにか、
巨大なうえに、おそらくは非常に長いなにかが、
藍色の背中を海面に見せて、港に向かって来るのです。

うねりながら近づく恐ろしげなものに目を凝らしていると、
「このおなごさ行ってもらったらよかべ」
そんな声が背後でして、肩をつかまれました。
人びとがいっせいにこちらを向きます。
大勢の手がわたしの体を前へ、前へ、
海のほうへと押し出していきます。

左手に岩場があり、神社が見えました。
幟が風に煽られています。
「十浦(とうら)神社」という文字が見えました。
十の浦と書いて「十浦」。

そのとき思い出したのです。ネットの記事にあった古い言い伝えを。

一光上人(いっこうしょうにん)が海の大蛇(おろち)を鎮め
「十浦神社」を建てたが、
三百年を経て法力(ほうりき)が解け、
大蛇は再び海辺の民を苦しめるようになった。
あるとき村の乙女が自らを生贄として差し出したところ
大蛇は乙女とともに沖へ戻って行ったという。

波のしぶきが顔にかかります。
ボートに乗っていた少女が桟橋に上がりながら、
悲しそうにわたしを見ました。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/




posted by 裏ポケット at 00:00 | Comment(0) | 小松洋支 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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