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コピーライターの裏ポケット
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2011年05月08日
宗形英作 2011年5月8日放送
あれとあれと、あれとあれ
ストーリー 宗形 英作
「あれ、したか?」と爺ちゃんが聞いた。
「あれってなあに?」と私は聞き返した。
「あれって、あれさ」
「あれって、なによ?」
「最近したあれだよ」
「だれがしたあれなの?」
「お前がしたあれだよ」
「わたしがしたあれ?」
「そう、おまえがしたあれ?」
「あれって、あれかな?」
私と爺ちゃんは、ちょうど60才違う。
爺ちゃんは、あれあれの名人で、なにからなにまであれで済まそうとする。
「あれって、あれがあれするあれだよ」
「あれがあれするあれって、あれ?」
爺ちゃんはきっと丁寧に説明したつもり、
でも、あれが増えて余計あれの正体が見えなくなる。
「あれとあれがあれをすればあれになるあれだよ」
「あれとあれがあれすればあれになるあれ、かぁ」
あれあれあれを浴びながら、勝手にあれのイメージを作っていく。
「だとすると、あれはあれかな」と私。
「あれはあれだからあれじゃないよ」と爺ちゃん。
「いやいや、あれはあれだからあれのはずよ」
あえて反発してみたりする。あるいは、
「だから、あれはあれだろ」と爺ちゃん。
「そうそう、あれがあれよね」
わけもなく賛成をしてみたりする。
あれからあれへ、あれからあれへと飛び回っているうちに、
なんだか、私はちょっと恥ずかしくなるあれを想像してしまっていた。
でも、爺ちゃんが言っている「あれ」と、
私が想像した「あれ」とは違うような気がする。
「あれって、あれをするからあれになれる」
「あれをしなかったら、あれにはなれない」
「だから、あれってなかなかのあれなんだよ」
「なるほどね、あれってなかなかのあれなんだ」
もう私には、その「あれ」があの「あれ」なのかこの「あれ」なのか、
「あれ」は「あれ」なりに勝手に「あれ」になってる気がした。
「あれが恋したらあれも恋して、あれが別れたらあれも別れるの」
「あれが恋してもあれは恋しないし、あれが別れてもあれは別れない」
「あれが遠くへ行ったらあれも遠くへ行き、あれが帰ってきたらあれも帰ってくるの」
「あれが遠くへ行ってもあれは遠くへ行かない、あれが帰ってきてもあれは帰ってこない」
私のあれと爺ちゃんのあれは、違ったままでも、
あれが行き来するだけで気持ちよくなってきた。
「あれはあれだから、あれはあれ、っていうこと?」
「あれはあれだから、あれはあれってことだよ」
飴玉が口の中でとろけていく、
あの感じであれが私の中でとろけていく。
あれはあれだから、あれでよかったね、とあれを労わる。
あれはがんばった、いろんなあれをがんばった、とあれを労わる。
「あれあれ、ほらあれ」
「あれって、どのあれ?」
「あれよ」
「あれか」
「そう、あれよ」
「あれか、あれはいいな、あれはいい」
爺ちゃんは何度も言った。
あれはいるのかいないのか、でも私も思った。
「あれはいいな、あれはいい」
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/