コピーライターの裏ポケット

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「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2011年10月09日

佐藤延夫 2011年10月9日放送

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「ケセランパサラン」                    

           佐藤延夫

ケセランパサランは、謎の物体である。
生き物なのかもしれない。
毛玉みたいにふわふわしていて、
桐の箱に入れておしろいをあげると成長する。
言い伝えによれば、
持ち主に幸せを運んでくるらしい。
なぜ僕がそんなことを知っているかというと、
隣の席のユウコさんが教えてくれたからだ。

それは去年のある日、会社のエントランスに落ちていた。
正確に言うと、風に吹かれて転がっていた。
僕はあんまりモノを拾ったりしないんだけど、
反射的にそれを指でつまみ、ポケットではなく
着ていたパーカーのフードに入れた。
遅刻しそうで焦っていたから、
妙な行動に走ったのかもしれない。

デスクに座り、その物体を机の上にそっと置くと
隣の席のユウコさんが、ケセランパサランだと言った。
ユウコさんの嬉しそうな顔を、僕はじっと見ていた。
僕より7つも年上だけど、
そのときのユウコさんは同い年くらいの女の子に見えた。

ケセランパサランは、幸せを運ぶ。
その言い伝えどおりに、僕には、いくつかのいいことがあった。
なくした手帳が出てきたり、
ミニロトで4等が当たったりした。
もちろん悪いこともあった。
虫歯がずきずきと痛んだり、
突然パソコンが再起不能になったりした。
悪いことのほうがややリードしている気がするけど、
ケセランパサランには、
その悪いことをぜんぶ覆い尽くすほどの力があったように思える。

僕はケセランパサランの力を借りて、ユウコさんに告白をした。
「ありがとう。でも・・・」
そう言われて僕は咄嗟に、ケセランパサランを右の耳に突っ込んだ。
なんだか耳掻きの反対側についてる毛玉みたいにこそばゆくて、
こんな状況なのに少し笑ってしまった。
これがケセランパサランの効き目なのかもしれない。

しばらくしてユウコさんは違う部署に異動することになり、
あのときの気まずさは少し消えた。
心なしか小さくなったケセランパサランは、まだ机の上にいる。
僕は最初からそれを、アザミの綿毛だと知っていたけれど。



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タグ:佐藤延夫
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2011年07月03日

佐藤延夫 2011年7月3日放送

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「節電は大切です」                      

                 佐藤延夫


ちょっと、節電の話をさせてください。
いや、その前に僕の話をさせてください。
いずれ話が繋がりますから。
それはトイレでの出来事です。
あ、食事中でしたらすみません。
それほど汚い話じゃないので、我慢して聞いてください。
僕の会社の男性用トイレは、大をする個室と小をする便器がふたつずつあります。
そのとき僕は、奥のほうの個室に座っていました。
用を足してほっとしていると、
ドアを開けて誰かが入ってきたのです。
よくあることですが、
そういうとき僕は物音を立てないようにしています。
「あ、大のほうに誰か入ってる」と思われるのが嫌なんです。
だから水を流したり、トイレットペーパーをカラカラさせたり、
なんていうのはもってのほかで、
冬の昆虫みたいに、身体をぴくりとも動かしません。
幸いにもその人は、小のほうがしたかったらしく、
なんとなくそれらしい音が聞こえてきました。
するとまたドアが開き、お疲れさまです、という声がしました。
声から判断するに、後輩の山岸くんのようです。
山岸くんは、僕の隣の個室に入ってきました。
これで狭いトイレには、3人の男が揃ったわけです。
まず奥の個室に、僕。
手前の個室に、山岸くん。
そして小のところに、謎のA氏。
はい、ここで節電の話になるわけです。
トイレを使ったら電気を消す。
弊社でこのルールは遵守されていたのですが、
ここで信じられない事件が起こります。
小を済ませた謎のA氏。
手を洗い、ドアの開く音が聞こえたと思ったら、
トイレの電気も消しました。
おかしな話です。
だってA氏は、後輩の山岸くんと挨拶を交わしているわけですから。
しかし現実は残酷です。
セオリー無視の出来事が起こります。
野球で言うならノーアウト2、3塁の場面、
フォアボールで歩かせて満塁策をとったところで、
次のバッターに危険球を投げるようなものです。
咄嗟に思いついた喩えなので、あまり面白くありませんね。
暗闇の中、隣の個室から山岸くんのか細い声が聞こえます。
「でんき・・・・」
僕はそれでも、動こうとはしませんでした。
目が慣れるまでには、かなりの時間がかかりました。
それでも節電は、大切です。



出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
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