コピーライターの裏ポケット

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2012年04月15日

田口麻由 2012年4月15日放送

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横顔

                 田口麻由

ぼくにはずっと、描きたいものがあった。
彼女の横顔。
凛々しい眉、すっとした鼻筋、唇の下のほくろ。
何よりも、ぼくを引き付けたのは、彼女の目だ。
長いまつげに縁取られた、死ぬほど冷たい目。
この世の全てを軽蔑しているような、残酷な眼差しは、
恐ろしい半面、とても美しかった。
あの頃ぼくは美術大学の油画科の1年生で、彼女は彫刻科の3年生だった。
学食でたまに見かける彼女に、絵のモデルを頼もうと、
何度も声をかけようとした。
でも、あの冷たい目で断られたら、立ち直れないような気がして、
ついに彼女が卒業するまで言葉を交わすことさえできなかった。

いま、ぼくは、9年ぶりに彼女を目の前にしている。
あの頃より、すこし痩せたような気がするが、
彼女の魅力的な横顔は昔のままだった。
鉛筆を持つ手が、すこし震えた。
これが、最初で最後のチャンスかもしれない。
からだ全部を目にして、彼女を観察した。
白い画用紙に、ぼくの目に映る彼女の横顔を、夢中で描いた。
彼女の目は、あの頃よりも、もっと、深く、冷たくなっていた。
そして、ぞっとするほど、美しかった。
ぼくは、鉛筆を走らせながら、あの目になら、殺されてもかまわない、
と思った。
彼女に殺された男は、同じことを思っただろうか。 
「被告人に死刑を処する。」
法廷に裁判長の声が静かに響いた。
彼女の表情は、1ミリも動かなかった。
マスコミ関係者が慌ただしく部屋を飛び出していく音が聞こえた。
ぼくは、描いた絵を彼女に見せたかった。
でも彼女はこちらを見向きもせずに、
手錠をかけられて、部屋から出て行ってしまった。

ぼくの絵は、どこかのテレビ局に8万円で売れて、報道番組で何度も使われた。
絵を見た人たちから、仕事の依頼がたくさん来た。
でも、ぼくにはもう、描きたいものが何もなかった。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:田口麻由
posted by 裏ポケット at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 田口麻由 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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