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「コピーライターの左ポケット」の
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コピーライターの裏ポケット
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2013年06月02日
大石雄士 2013年6月2日放送
![ooishi.jpg](https://02pk.up.seesaa.net/image/ooishi.jpg)
「湖」
大石雄士(たけし)
そこの湖は、釣りマニアの間で密かに人気の釣りスポットだ。
今日もマニアックな雰囲気を醸し出したおじさんたちで溢れている。
ここの湖では、珍しい魚が釣れるわけではなく、
水のつく変わったものが釣れるのだ。
最初にきたとき、ボクはビギナーズラックで水ようかんをつり上げた。
それを、水辺でおいしくいただいた。
水からつり上げたばかりの水ようかんは、余計にみずみずしかった。
次に来たとき釣ったのは、みずたまもようのパンティー。
丁寧に、履いていた人の顔写真までクリップでとめてあったので
ドキドキしながら見てみると、たいそうな老婆だったので、そっと湖に戻した。
他にも、80年代の名曲「水のルージュ」のシングルCDや、
水疱瘡のウィルスなど、いろいろなものをつり上げた。
だが、ボクの本当に目当てのものは、まだ釣れていない。
そう、ボクが釣りたいのは、水原希子。モデルの水原希子だ。
テレビで見て、あのクールな笑顔に心を奪われてしまったのだ。
1年前、となりの釣り人が、女優の水野美紀を釣りあげて
クルマのトランクに放りこんで持って帰っていったのを偶然見て、
ボクの天使、水原希子もここで釣れるのではないか、いや釣れると思い、
休日すべての時間を費やして、ここで釣りをしているのである。
水原希子が釣れたら、どんな話しをしよう、どこにデートいこうとか、
今日も一日、妄想をふくらませて釣り竿をにぎっていた、まさにそのとき
釣り糸が今までにないくらい、グググっと強くひっぱられた。
この重さ、この感触、間違いない。水原希子だ。
ボクは確信し、彼女に出会うため、チカラと気合いを込めてリールをまいたら
ザッパーンと音を立てて、それはそれは、巨大な建造物がつれた。
JRお茶の水駅だった。
周りの釣りマニアも、「すごい大物だぞ!」と騒いでいる。
駅にしがみついてきた駅員と売店のおばさんも一緒に釣り上げた。
そして、この湖のそばに、まったく電車が通っていないJRお茶の水駅ができた。
電車が通っていない駅を利用する人など、
もちろん誰もいないので駅員さんはやることがなく、毎日眠りほうけている。
そして給料をもらえないせいか、ここ最近やつれてきているようにも見える。
ボクは、また水ようかんを釣って、差し入れでもしようかな、と思った。
出演者情報:http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:大石雄士
2013年05月05日
大石雄士 2013年5月5日放送
![0ishi.jpg](https://02pk.up.seesaa.net/image/0ishi.jpg)
「ケーキ屋」
大石雄士(たけし)
客が途絶えてからもう1週間。
ユーカリが丘駅から徒歩15分の坂の途中にあるこのケーキ屋は、
まったくと言っていいほど人気がなかった。
場所が悪いのか、ケーキ好きな人が少ないのか、
ぜんぜん客が来ないのだ。
味は決してまずくはないが、リピーターがつくほどでもない。
お店の概観もキレイだが、子供がキライな歯医者に見えなくもない。
店の中には50歳を迎える無口なヒゲの店長と、
アルバイトで浪人生で茶髪の田中、二人きり。
アルバイトへの支払いもきついので、今は田中しか雇われていない。
「退屈っすねぇ。」
カウンターの内側で法学部の赤本を読みながら田中がぼやく。
田中にとっては、つくったケーキを切り分けるより、
まるごとバケツに捨てていく作業のほうが手慣れたものだ。
お昼にカランカランとドアの鐘を鳴らし
店長が材料の買い出しに出かけると、
田中は退屈のあまり、店内の4人がけテーブルの広いソファで横になって
ゴロゴロしはじめてしまった。うつぶせになったり。あおむけになったり。
退屈しすぎて、ゴロゴロゴロゴロしているうちに、
田中は、いつのまにか1本のロールケーキになってしまった。
カランカランという音が聞こえ、店長が帰ってくると、
店のソファに170センチメートルほどの大きなロールケーキが横たわっていた。
店長は、すぐに田中だとわかった。
ロールケーキの上に、赤本が乗っていた。
店長は悩んだが、厨房からナイフをもってきて、ロールケーキを右端から
3センチほど切って、口に運んだ。すごく退屈な味がした。
それは夢も希望もない味。灰色の生クリーム。
だが、意外とくせになる味でもあった。
店長は1週間かけて、朝、昼、夜と、ロールケーキをパクパクと食べつづけ、
一人で全部たいらげてしまった。けれどその間も、
客は一人もこなかった。
あんなに退屈そうだった田中だけど、
これだけ美味しく食べてもらえれば
幸せだったのでは、と彼は思った。
170センチメートルのロールケーキを食べ終わり、
またやることがなくなってしまった。
もうケーキをつくる気さえ、起こらなくなっていた。
店長は、店で一人きり、やることがなにも無いので、
ため息をつきながらソファに座り、
日差しが気持ちいいので横になってゴロゴロしていたら、
彼もまたひっそりと、ロールケーキになってしまった。
しかし、いまはもう店内には誰一人いなくなってしまったので、
誰かに食べられるよろこびを味わうことさえ、彼にはできなかった。
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