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2013年06月09日
大貫冬樹 2013年6月9日放送
スカウト
大貫冬樹
渋谷を歩いていたら、長いあごひげの男がぼくに近づいてきた。
「サンタクロースになりませんか?」
6月に、ずいぶん季節感のないスカウトだった。
どうやら夏から研修があるらしい。
トナカイを手なずける方法や、
煙突のない家にこっそり入りこむ手順。
あと、正しいあごひげの生やし方とか。
一人前のサンタになるには、半年かけてみっちり学ぶことがあるため、
毎年この時期に、とてつもなく暇そうな人を探しているそうだ。
確かにぼくには、クリスマスはもちろん、
明日以降の予定などひとつもない。
今日も、姉ちゃんが夕飯をごちそうしてくれるというので、
それまでてきとーに時間をつぶしていただけだ。
「あなたは見た目もやさしそうで、かなりの逸材です」
男はそんなふうにぼくを口説きにかかった。
話によると、クリスマスの夜、世界でごく一部の子供は、
枕元にふたつプレゼントをもらうらしい。
ひとつは、親がサンタになってくれたもの。
もうひとつは、本物のサンタがくれたもの。
本物のサンタは、意外と現実的だった。
すべての子供のところに行こうとはしない。
いい子のなかでも選りすぐりのいい子にだけ、
彼らはプレゼントを届けるのだ。
去年、日本で選ばれたのは107人。
いい子にしてないとサンタさんが来ないというのはウソではなかった。
ぼくはちょっと考えて、後日返事をすることにした。
名刺をもらって男と別れたあと、予定どおり姉ちゃんと夕飯を食べた。
姉ちゃんは、月に2回くらいごちそうしてくれる。
ひとつしか年が違わないのに、
小さい頃からぼくばかり助けてもらっている。
そういえばいつかのクリスマスに、
姉ちゃんだけプレゼントをふたつもらったことがあった。
生活のこととか、いろいろ心配そうに聞いてくる姉ちゃんを見ながら、
サンタがしたことは正しいなと思った。
友達やどうしようもない弟にもやさしいいい子に、
今年もちゃんとふたつ目のプレゼントが届くだろうか。
ひとまずぼくは、あごひげを伸ばしはじめることにした。
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