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「コピーライターの左ポケット」の
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コピーライターの裏ポケット
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2013年11月03日
橋口幸生 2013年11月3日放送
ある撮影にて。
橋口幸生
「おっ、いいね!その姿勢!そのまま撮らせて!」
テンションの高い声が、部屋に鳴り響く。
「その角度も、すごくいいよ!ついでに、もっと右向いてみて」
「すごーく、良く撮れてるよ!いいね、いいね!」
「ちょっと姿勢、辛いかな?もう少しだけガマンしてね!」
撮影は続く。
煽られると、こちらも大胆な気持ちになるものだ。
言われるがままに、これはちょっと・・・と思うような姿勢を、
いつのまにか取っていたりする。
・・・と言っても、私はグラビアアイドルでも、女優でもない。
それどころか、30も半ばを過ぎたオッサンだ。
カメラマンも、その手の業界に良くいる、
独特なファッションのイケメンではない。
白衣に身を包んだ、初老の男性だ。
場所は、南国のビーチでも小奇麗なスタジオでもなく、
とある病院の一室。
そろそろ、気付かれた方も多いだろう。
いま撮影しているのは、私のカラダの中。
胃だ。
俗に言うバリウム検査、というヤツだ。
「まずい」というひと言ではとても表現できない、
複雑な味わいの白濁液を飲まされた後、回転台に載せられ、
文字通り体の中まで丸裸にされる。
「素材を生かすも殺すもカメラマン次第」
とは良く言うが、この撮影は、文字通り生き死に直結する。
気分を盛り上げられないカメラマンに
当たってしまったために、病気を見逃した。
そんな目にあったら、やり切れない。
同時に被写体、というか患者にも、覚悟が必要だろう。
チラリズムではないが、出し惜しみをしていたら、命を失いかねないのだ。
大女優だったら
「必然性が無ければ、見せません」
なんて言うかもしれないが、
これほど必然性のある撮影もないだろう。
回転台を降りるとカメラマン、というか先生に
「お疲れ様でした。上手でしたよ!しっかり撮影できました」
とホメられた。悪い気はしなかった。
度重なるゲップをこらえた苦労が、報われたのだ。
しかし数日後。
同じ病院で検査した友人に話を聞いたところ、
まったく同じように乗せられて撮影し、最後はホメられたと言う。
みんなに同じことを言っているのか。
ショックだった。
検査の結果、私の胃は影も何も無く、綺麗なものだったそうだ。
しかし、私の心にはモヤモヤした影が、少しだけ残った。
そして翌年。
バリウムは止めて、胃カメラに切り替えてみた。
噂に聞くディープスロートは確かに辛かったが、
思いのほか短時間で終わり、拍子抜けした。
医者は、終始無言だった。
胃は、相変わらず健康で、あなたにこうして話をしています。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:橋口幸生