コピーライターの裏ポケット

こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2015年01月25日

上田浩和 2015年1月25日放送

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チョコチップメロンパン

             上田浩和

岩野がキレたという話を聞いた。
チョコチップメロンパンという、
小指の爪くらいの小さなチョコが
表面に点々とまぶされたメロンパンがある。
メロンパンにさらにチョコかよと思ってしまうが、
甘党の岩野はそのパンの熱烈なファンだった。
毎朝、出勤途中のコンビニで買ってきて、
午前中の慌ただしい時間を、
もうすぐあのパンが食べられるという思いで乗り切っていた。

岩野の昼食は今日ももちろん、
チョコチップメロンパンとコーヒーの組み合わせだった。
でも、鼻歌まじりに机の引き出しを開けた岩野が、
そこに見たチョコチップメロンパンは、いつもと様子が違った。
手に取ってみると、違和感の正体が分かった。
黒い粒々がないのだ。どういうことだ? と思い、
周りを見ると、隣の石原と向いに座る有働が笑っていた。
岩野の同期である二人は、岩野が席を外した隙に、
チョコチップメロンパンのチョコチップだけを
きれいに全部食べてしまったのだった。
瞬時に何をされたのか悟った岩野は、そこでキレた。
「これじゃ、ただのメロンパンじゃねーか!」
そう叫ぶと、岩野は立ち上がり、
手元にあった自分のカバンを思い切りデスクに叩き付けると、
石原と有働に謝る間を与えないうちにフロアを飛び出した。
出入り口そばのゴミ箱が派手に鳴った。
岩野が、パンを投げ捨てた音だった。
私の目の前で、石原と有働が揃って私に頭をさげている。
ただのいたずらのつもりだったんですが、と石原。
まさかあそこまで怒るとは、と有働。
とっくに昼休みの時間は終わったのに、
岩野はまだ帰ってきていない。
キレたとき、ただのメロンパンじゃねーか!と叫んだとき、
岩野はちゃんとすらすらと言えただろうか。
二人から、ことの顛末を聞かされたあと、
私はまずそのことが気になった。
滑舌が悪く聞き取れないことが多い岩野は、
たまにそのことでこの同期ふたりにからかわれていた。
そんな岩野が、キレたときまで、
滑舌が悪かったとしたらなんだかやりきれないと思った。
明日から、岩野はきっと会社でチョコチップメロンパンを
食べにくくなるだろう。
そのこともなんだかかわいそうだと思った。


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2014年09月28日

上田浩和 2014年9月28日放送

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503

             上田浩和

その日は、
高校に入学して最初の実力テストの結果が出た日で、
クラスメイト数人がりゅうくんを囲みなにやら騒いでいた。
「こいつ503番てよ」「全部で何人だっけ」
「503人」「最下位だ。すげーね」
そう言って囃し立てるクラスメイトたちの真ん中でりゅうくんは、
むしろ誇らしげに、芸人が笑いをとったときの嬉しそうな表情と似た笑みを浮かべていた。その頃、まだ友達がいなかったぼくは、
この人なら話しかけやすそうだと思い、
りゅうくんが一人になるのを待って話しかけた。
「りゅうくんて、503番だったと?」
りゅうくんと話したのは、そのときがはじめてだった。

りゅうくんは503という数字に縁があった。
りゅうくんが503番という学年最下位を
とってからしばらくすると、
テレビでエドウィンのCMが流れはじめた。
モンゴル草原を作家の椎名誠が馬にまたがり
疾走するだけの内容だったけど、そのなかにモンゴル人の子供が、
椎名誠に「シーナサンヨッホ」と呼びかけるシーンがあった。
おそらく「椎名さんも行こうよ」と言っていたのだと思う。
それのどこが面白かったのか分からないが、
りゅうくんは何度も何度も真似していた。
弁当を食べながらシーナサンヨッホと言いご飯粒を吹き出し、
上履きにマジックでシーナサンヨッホと書いては笑い、
授業中に当てられたときにもシーナサンヨッホと叫んで
ブルドッグ顔の公民の先生に怒鳴られたりしていた。
そして、そのCMのなかで椎名誠がはいていた
エドウィンのジーンズの型番もまた503だった。

そんな不思議な繋がりのおかげで、
ぼくのなかでは、りゅうくんと言えば503、
503と言えばりゅうくん、ということになっており、
たまにりゅうくんのことを思い出すことがあると、
りゅうくんはいつも503の真ん中の0の中から
笑顔をのぞかせてこちらに手を振っているのである。


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2014年08月31日

上田浩和 2014年8月31日放送

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8月のりゅうくん

        上田浩和

シャープペンの先端は開いた大学ノートの上を、
なめらかに動いた。
縦にすっと走った直線は、
左に折れるとそのままヘアピンカーブを描き少し行くと止まる。
その「しんにょう」のような形の中に収まるように、
小さな楕円を三つ。
うち二つには円の内側に点をひとつずつ置く。
次にしんにょうの右上をカタカナのアのような形で閉じると、
先ほどのヘアピンカーブのあたりから右に直線を引く。
仕上げに、楕円の横のスペースでぐるぐるぐると、
一流のフィギュアスケーターのように4回転半、
それを二回繰り返してシャープペンは動きを止める。
そして、紙の上には忍者ハットリくんが残る。
そばにニンニンと書く。ハットリくんの口癖だ。
それを書くことで、ハットリくんらしさはぐっと上がる。
書かなくても、それがハットリくんであることは、
誰の目にも分かるのだが、
それほどそのハットリくんの完成度は高かいのだが、
相田みつをが「にんげんだもの」と書いたあとには、
必ず「みつを」と書くように、
ぼくらはハットリくんを描いたあとには
「ニンニン」と書かずにはいられないのだった。

ぼくらとは、ぼくとりゅうくんのことだ。
高校1年の頃、数学の教科書を誰かに貸して、
それが誰だったかを忘れてしまったりゅうくんは、
数学の授業のたびに席をくっつけてきた。
いちおう二人のあいだに教科書を置いてはみるのだが、
りゅうくんに見る気はなく、ぼくのノートに手をのばして
ただひたすらハットリくんを描き続けるだけだった。
ぼくも描きやすいようにと、
りゅうくんのほうにノートをずらしてあげたから、
ハットリくんはノートの上でのびのびと分身の術をくり返していた。
ぼくも一緒になって描いた。

ある日、できるだけ小さなハットリくんを
描いてみようということになった。
筆箱のなかのいちばん細いペンで描くだけでは満足できず、
りゅうくんとぼくは、シャープペンの芯の先端を
カッターで尖らせたりした。それに飽きると、
反対にできるだけ大きなハットリくんを描くことにした。
ぼくは、ノートの真ん中でシャープペンをぐるぐるとやって、
黒い丸を描いた。ハットリくんの右目の瞳のつもりだった。
これ以上大きくは無理だろうと思っていたら、
りゅうくんは、次のページの真ん中に、
ただシャープペンの先端を押し付けただけの点を描いた。
「左目の瞳」と言うつもりかと思い、鼻で笑う準備をしていたら、
りゅうくんは「ハットリくんの毛穴」と言った。
それは、夏休みの日のことだった。
課外授業のためにぼくらは教室に閉じ込められていた。
教壇では、メガネをかけた歯並びの悪い先生が、
セミの鳴き声にまみれながら二次関数について語っていた。


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2014年07月27日

上田浩和 2014年7月27日放送

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りゅうくん

        上田浩和


「ウーマンインレッドって知っとる?」。
高校三年生の夏。りゅうくんが言った。
ぼくは知らなかったけど、そういう映画があるらしい。
りゅうくんとぼくは教室の窓際の席にいて、
二時間目と三時間目の間の休み時間で、
りゅうくんは鞄から一枚のCDを取り出した。
赤いドレスを着た女性が印象的なジャケット。
それがその映画のサントラだという。
「このなかの曲ばね、明日、放送部の横山にお願いしてから、
昼休みの校内放送でかけてもらうつもりとたい」。
そう言うりゅうくんに「なんで?」とぼくは聞いた。

次の日の昼休み。
りゅうくんとぼくは中庭にいた。
そこから二階にある三年七組の教室を見上げていた。
りゅうくんの顔は緊張でぎくしゃくしていた。
「そろそろじゃないと? りゅうくん」。
ぼくの声もどこかそわそわしていた。
校内放送がはじまった。
普段は気にもとめない放送部の横山くんの声に、
その日だけは全身を耳にした。
いつものどうでもいい前置きのあと、
「今日はリクエストが届いています」と横山くんは言った。
「来たー!」とぼくらは小さく叫び、
たまらずその場にしゃがみ込んだ。
「三年七組の丸山さんに、三年四組のりゅうくんから、
曲のプレゼントです」。
その一言で、それまでざわついていた三年七組の教室が
急に静かになったのが分かった。
そして、横山くんはつづけた。
「スティービーワンダーで『心の愛』です。どうぞ」。
静けさから一転、三年七組の教室から、
女子たちのきゃーという歓声が溢れ出してきた。
りゅうくんは顔を真っ赤にしながら耳をすませていた。
そのなかに丸山さんの声を探していたのかもしれない。
イントロはほとんど聞き取れなかったけど、
サビにさしかかる頃には、教室のざわめきも一段落して、
同じようにぼくらも落ち着きを取り戻していた。
それから数分の間、
学校中にスティービーワンダーの歌声が響いていた。
ぼくは、とてもいい曲だと思った。
聞きながら、さっきの歓声を頭のなかで振り返っていた。
いい反応だったと思う。
丸山さんがどう思ったのかは分からないけど、
三年七組はふたりを祝福していたように思えた。
「よかったんじゃないと? りゅうくん」とぼく。
「だとええけど。迷惑だったかもしれんねえ」。
りゅうくんはそう言うと、
日焼けした顔をゆがめてうつむいてしまった。
その横顔をぼくはなぜかうらやましいと思った。
りゅうくんとぼくは高校三年生で、季節は夏で、
制服の白い半袖のシャツを着ていた。


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2014年04月27日

上田浩和 2014年4月27日放送

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はみだし刑事

        上田浩和

先日近くのコンビニで起こった強盗事件について、
昨日のニュースは「犯人はいまだ逃走中です」と言っていたので、
そろそろやって来るかもしれないという予感はあった。
だからチャイムが鳴り、
玄関先に二人の刑事が立っているのを見たときは、
やっぱりなと思った。
眼光鋭いベテラン風と精一杯虚勢を張った感じの若い男。
その風貌に最初はひるんだが最近ではもう慣れた。
「はみだしさんはご在宅でしょうか」
ご在宅もなにも洗面台にこびりついていますよ、はみだしさんは。
二人は家にあがると洗面所にむかい、洗面台の前に陣取る。
洗面台の淵には、
歯磨き粉がチューブから3センチほどはみだしたまま
かぴかぴに乾いてこびりついている。
掃除しないのには理由があった。
このはみだした歯磨き粉、実は刑事なのである。
だから掃除するなと言われているのである。この刑事たちから。
知らない人にはひからびた白いナメクジにしか見えないそれが、
深い洞察力と常人にはないひらめきを兼ね備えた優秀さで、
いくつもの難事件を解決に導いてきたのだという。
「はみだしさん。またちょっと行き詰まってまして。
ひとつお知恵を拝借できませんか」
とベテラン風がこびりついた歯磨き粉に向かって話しかける
その姿に、わたしはばかじゃないのと思う。
若いほうがメモを取る準備をする。
わたしは死ねばいいのにと思う。

その日の夕方、若い方から犯人が捕まったとの連絡があり、
最後に「はみだしさんに、今回もご協力ありがとうございました、
とお伝えいただけますか」と付け加えた。
そんなこと言われてもねえ。
歯磨き粉が刑事だなんてどうしても信じられない。
その空気を察したのか、
若い刑事はトーンを一段落とした声で言った。
「大丈夫です。あれは、ただの歯磨き粉で刑事なんかじゃありません」


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2014年03月30日

上田浩和 2014年3月30日放送

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33

         上田浩和

閉店間際のバッティングセンターでバットを振っている客は、
彼女だけだった。
店を閉める準備をしながら耳をすませていたが、
バットがボールを叩く金属音は聞こえてこない。
打てないのも当然だ。
彼女が相手にしてるのは150キロのマシンなのだ。
プロを目指す高校生でもない彼女が150キロに挑むのは、
彼女の顔が長嶋茂雄だからだ。
彼女は、去年3月の33歳の誕生日に、
プロ野球の神様によって顔だけ長嶋茂雄にさせられた。
長嶋の監督時代の背番号は33。
その数字の偶然を大切にしなさいと神様に言われたそうだ。
彼女は長嶋の顔を持つ者としてのプライドで、
150キロの速球に立ち向かっていた。

受付を出て閉店を告げに行くと、
彼女がちょうどネットをくぐり抜けてくるところだった。
「おつかれさまです」と声をかけた。
汗で光らせた長嶋茂雄の顔を
かわいらしいピンク色のタオルで拭いたあと
「セコムしてますか?」と言いそうな雰囲気で全く違うことを話しはじめた。
「王貞治はホームランを打ってこそだけど、
長嶋茂雄は三振しても許されるの。
みんな長嶋には打って欲しいのに、三振してもなぜか喜ぶの。
そんな人ってほかにいる?」
元阪神の川藤の顔が咄嗟に浮かんだけど、
ここは黙っておいたほうがよさそうだ。
「顔が長嶋になってからは、
会社でミスしても笑っておけば許されたし、
仲が悪かった父親までが急に態度を変えた。
何をやらかしても必ず周りがフォローしてくれた。
長嶋って愛されキャラなのよ。憎らしいほどにね。
本当の自分は真逆だったからうれしくて仕方なかった。
でも、次第に許されることを前提にするようになってたの。
ばかよね。私。
許されるってなに? 相手に妥協を強いるってことなのにね。
それに気がついてからよ、ここに通うようになったの。
私も長嶋ならホームラン打たなきゃいけないの。
だから、300円貸して。もう小銭がないのよ」
「え、でも、もう閉店なんですけど」
「私、明日誕生日なの」
「あ、おめでとうございます」
「そうじゃなくて。明日34になるってことは長嶋の顔は今日までってことなの。
 長嶋のうちにケリつけたいのよ、自分自身に」
「さっきからなにワケ分かんないこと言ってんすか」
「ねえ。天皇陛下が観戦してくださったら打てそうな気がしない?
だって、私、長嶋茂雄だから。お呼びしてよ」
「天皇陛下を? 無理っすよ。メアドも知らないし」
「tennou@docomo.ne.jpじゃない?」

事務所の方で大きな物音がしたのは、そのときだ。
振り返ると事務所から出ていく大きな影が見えた。
明らかに怪しい。
「あれ空き巣じゃないの?」
彼女が小声でつぶやいた。きっとそうに違いない。
「早く追いかけなさいよ」と言いそうな雰囲気で彼女は
「セコムしてますか?」と言った。


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2014年02月23日

上田浩和 2014年2月23日放送

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わたしにも分からないんです。

             上田浩和

銃声がぱんぱんぱんって3回したんですよ。
そしたらパンが三つあったんです。そこに。
メロンパン、あんぱん、クリームパンの順番で。右から。
いや、あんぱん、クリームパン、メロンパンの順だったかな。
どっちでもいいんですけど。
クリームパンから食べたんですけど、
おいしかったですねえ。クリームの味がして。
あんぱんはあんの味がして、
メロンパンはメロンパンの味はしたんですけど、
メロンの味とはちょっと違うと思いました。
ちょうどヤマザキ春のパンまつりが始まった時期だったから、
デニッシュボウルもらえたんですけど、
その皿で食べたものはなにかといえば、
シチューなんですよ。パンじゃなかったんですよ。
なんだか夫に抱かれながら、
昔の恋人のこと思い出してるような背徳感から、
ヤマザキさんごめんなさいごめんなさいって、
メッカの方にむかって土下座してたら、
そこに銃声を聞きつけたという警察官が
自転車にのって現れたんです。メッカの方から。
「いま銃声が聞こえませんでしたか」とたずねる警察官が、
わたしには神様が警察官の格好をして
怒鳴り込んできたように見えて、答える前に逃げ出したんです。
逃げられたら追いかけたくなるものですよね。
それはカレーパンのカレーが辛いのと同じくらい明確なことです。
ぼくはあっさり捕まえられました。
捕まえられると抵抗したくなるのが人ですよね。
それはチョコチップメロンパンのチョコチップが甘いのと
同じくらい明確なことです。
わたしは隙をついて警察官の腰から拳銃を奪いました。
そしてなんでか知らないけど、
それで自分のこめかみを打ち抜きました。
たぶん神様に捕まるくらいなら死んで閻魔様の前に出たほうが
まだましだと咄嗟に判断したんだと思います。
ぱん!とひとつ銃声がしました。
そしたらわたしの頭のなかにパンが一つ現れたんです。
なんのパンだか分かります?
二食パンです。
左がクリームパンで、右がチョコレートパンです。
つまり、左脳がクリームで右脳がチョコになったってわけでして、
右半身をクリームに、左半身をチョコに制御されてる気分が
どんなものか分かりますか?
いやあ、それがねえ、わたしにも分からないんです。


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2014年01月26日

上田浩和 2014年1月26日放送

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ティアドロップ

       上田浩和

らっきょうは、ティアドロップ型のサングラスをかけました。
鏡を見ると、我ながらキマッてます。
革の手袋をはめて、ピストルを握りました。
これから、紅しょうがの事務所を襲いにいくのです。
しかし、ピストルのひんやりとした感触と
ずしりとくる重量感にすこし怖くなり、
これで撃たれる紅しょうがのことを思うと
すこし不憫になりました。
ピストルをいったん神棚に戻すと、
あらためて士気を高めるために、
西部警察のDVDを見ることにしました。
らっきょうは、西部警察の大ファンです。
いつも自分が主役のカレーの隣で脇役を演じているからでしょうか、
特に主役の大門に心ひかれます。
これからやくざなことをしに行くのに、
警察のドラマを見るなんてとんだ矛盾ではありますが、
そこは、しゃりしゃりとした食感が命のらっきょうです。
ちょっとした矛盾くらいならあっさり噛み砕いてしまいます。

もともとらっきょうには、紅しょうがにはなんの恨みもありません。
新しょうがに頼まれただけなのです。
新しょうがは、蕎麦屋で見かけた
「紅しょうが天蕎麦はじめました」
という貼り紙が許せませんでした。
新しょうがも紅しょうがもむかしは、
同じ食卓の賑やかしだったくせに、
いまでは主役級の扱いじゃないか!
天ぷらじゃなく天狗になりやがった!
らっきょうの事務所を訪れた新しょうがはそういって、
机をたたき、怒りをあらわにしました。
新しょうがの気持ちがよく分かるらっきょうは、
その依頼を引き受けることにしました。

西部警察のオープニングが流れたあと、
爆破につぐ爆破を見ているうちに、
先ほどまでのためらいは消え、
みるみるうちに闘争心がよみがえってきます。
紅しょうがの体が弾丸によって木っ端みじんにくだける姿を
想像するとわくわくしてきます。
新しょうがには悪いけど、新しょうがの依頼のおかげで、
自分が主役になれるような気がしてきます。
神棚からピストルを降ろし、さぁいくぞ、と立ち上がった瞬間、
黒電話が鳴りました。
相手は、新しょうがでした。新しょうがは、
あれから考えが変わったのです、と言いました。
紅しょうが天蕎麦とは言っても、主役は蕎麦ですものね。
紅しょうがが主役ではないのですね。
だから、この話はなかったことにしてください。

受話器を置いたあと、らっきょうはサングラスをとりました。
結局、紅しょうがも新しょうがもらっきょうも、
主役にはなれそうにありません。そういう運命なのでしょう。
天井のしみを見上げながら、らっきょうは少し泣きました。
みなさん。ご存知でしょうか。
岩下食品のらっきょうや新しょうがや紅しょうがが
甘酸っぱい理由を。それは、彼らのなかで、
いつか食卓の主役になりたいという甘い夢と、
それが叶うことはないすっぱい現実とが
まじりあっているからなのです。


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2013年12月29日

上田浩和 2014年12月29日放送

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サンタさんの年末年始

            上田浩和

サンタさんは、朝の空を見上げていました。
数日前のイブの日の夜、あの空をトナカイと一緒に駆け回り
子供たちにプレゼントを配ったサンタさん。
その疲れも癒えました。今日はよく晴れそうです。
サンタさんは洗濯をすることにしました。
おなじみの上下の赤い衣装と、
その下に着ていた下着とくつ下を大きな金だらいにいれると、
ごしごしごしごし。泡にまみれながら、ごしごしごしごし。
よーくすすいだところで、あ!
サンタさんは小さな悲鳴をあげました。
白かったくつ下が、ピンクになっているのです。
パンツもです。どうやら赤い衣装の赤が色移りしたようです。
それだけではありません。
勢い余って自慢のふさふさのひげも一緒にごしごししたみたいで、
ひげまでがピンクになっていました。

午後、サンタさんは奥さんに引っ張られて、
年の瀬でにぎわう町に買い出しに出かけました。
店から店に移る途中、目をきらきらさせた何人もの子供たちに、
「ありがとう!」や「あれ欲しかったんだ!」と
声をかけられてサンタさんはうれしそうでした。
家に帰ると、さっそく奥さんはキッチンにこもりました。
サンタ家では、おせち料理を作るのが年末の恒例行司なのです。
といっても、サンタさんにできることといえば、
奥さんの邪魔にならないようにこたつでじっとしているか、
トナカイの散歩くらいですけどね。

そして迎えたお正月。
おとそで顔を赤くした奥さんが聞きました。
「そのピンクのひげはなんですか?」
サンタさんは事の次第を話しました。ところがそれを無視して
「存在感をアピールしてるつもりですか」と奥さんは言います。
ひげがピンクなのは、
サンタはいないと決めつけている世の中の大人たちに対する
アピールだと奥さんは思っているようです。
「いやそういうわけでは」とサンタさん。
「必死なんですね」と奥さん。
「だから違うんだって」
「早めに春が来たようにも見えて悪くはないですけどね」
「あ、そう?」
「それか」
「それか?」
「ただのすけべえろじじいに見えます」
「すけべえろじじい…」
「大人のおもちゃでも配るような変態サンタです」
変態サンタ。
大人たちにも自分がいることを認めてほしいサンタさんは、
それもありかなあと思いながら、
重箱のなかの数の子に手を伸ばしました。
テレビでは駅伝をやっていました。


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2013年11月24日

上田浩和 2013年11月24日放送

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ゴム紐

       上田浩和


家からいちばん近いコンビニで、
ちょっとした変化があり、今その煽りをくっている。
変化というのは、
毎週水曜発売の週刊少年マガジンを
ゴム紐で縛るようになったことで、
立ち読み防止のためだと思われる。
くった煽りというのは、
おかげで連載開始以来、長年毎週楽しみにしてきた
ボクシング漫画が読めなくなったこと。
天才ボクサーと言われる主人公の後輩が、
ライバルに負けてしまった回以降を読めていない。
いったいどうなっているのだろう。
その試合のあとには、
主人公自身の世界前哨戦が予定されていたはずだが。
どうなった。勝ったのか。負けたのか。
それともまだ続いているのか。気になる。気にはなるが、
読みたいのはその漫画だけなので、買う気までは起こらない。
ならばと思い、他のコンビニに足を運ぶのだが、
どこの週刊少年マガジンも縛りあげられている。
店によっては、雑誌全部が縛られている所もある。
棚に並んだ雑誌という雑誌が一斉に縛られている様子は異様である。何も告げられずにSMバーに
連れてこられたときのような恐ろしさがある。
遠慮して雑誌を凝視できない。
見ると辱めてしまうような申し訳なさがある。
雑誌界の体力自慢であるTARZANが身動きとれなくなっている。
ファッション誌や女性向けの雑誌にも容赦はない。
NEWSWEEKやTVブロスのような薄い雑誌まで同じゴム紐で縛るので、耐えかねて変なカタチにひしゃげていている姿は気の毒にもなる。

ぼくは毎日その家のそばのコンビニに通いながら、
ゴム紐がほどかれた週刊少年マガジンがないか確認する。
近所のガラの悪い若者が、店員の目を盗みゴム紐をとって
立ち読みしていないかと期待しているのである。
しかし、そんな週刊少年マガジンは、ない。
この辺りの若者たちは、みんな行儀がいいようだ。
ルールに縛られたままで平気なようだ。
ぼくから言わせれば、尾崎が足りないと思う。
最近の若者にとっては、バイクは盗むものではないのだろう。
校舎の窓ガラスは割るものではなく、
優しさは持ち寄るものでないように、
週刊少年マガジンのゴム紐はほどくものではないのだろう。
とはいえ、かく言うぼくも尾崎は苦手だ。
子供の頃から、世の中に対して反抗心を抱いたことがないせいか、
尾崎に共感することなく大人になってしまった。
おーい。誰か反抗心のある人がいたら、
コンビニの週刊少年マガジンのゴム紐をとってくれ。
じゃないと、いつまでたっても漫画の続きが読めないよ。


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