コピーライターの裏ポケット

こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2013年10月27日

上田浩和 2013年10月27日放送

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元やくざ

               上田浩和

お腹がすくと、きまって元やくざがやってくる。
元やくざにはなるべく会いたくないので、
ぼくはちゃんと食べるようにしているのだが、
ついつい今日は昼を抜いてしまった。
忙しかったとはいえ油断した。
腹が鳴った。けっこう大きな音だった。
その音を聞きつけて、そろそろ元やくざが現れるはずだ。
「…えっと」
ほら、やっぱり現れた。
元やくざはいつだって足音もなしに突然目の前に現れて、
なにかしゃべればいいのに、
言うことといえば十分に間を置いたあとの「えっと」だけだ。
元やくざは高倉健に似ている。年齢的にも高倉健で、
声も不器用なところも高倉健で、高倉健感がはんぱないのに、
右手の小指はかっぱえびせんで、
そこだけが決定的に高倉健とは違う。
元やくざは、かっぱえびせんマンなのである。
組長に組を抜けさせてほしいと言った日、
元やくざは出刃包丁で右手の小指を切り落とした。
痛くて痛くてはやくつなげなきゃ、
と転がった小指の先端を探したがどこにも見当たらず、
焦った末、テーブルの上にあったかっぱえびせんをつけてしまった。
その瞬間、元やくざは、やくざを辞めると同時に
かっぱえびせんマンになった。
心根の優しい元やくざは、やくざよりも、
かっぱえびせんマンとして人助けをするほうが性に合っていた。
街にお腹をすかせて困っている人がいたら、
どこからともなく現れ「…えっと」と言いながら、
その人の口元に自分の右手の小指を差し出す。
差し出された方は、最初なんのことだか分からないが、
小指がかっぱえびせんであることに気付くと、
「食べろってこと?」と尋ねる。そして最初は、誰でも断る。
たとえかっぱえびせんだとしても、
他人の小指を口に入れる気は起こらないからだ。
でも、元やくざの高倉健的な目に見つめられると、
高倉健的な不器用さで「…えっと」と言われると、誰も断れない。
みんないつのまにか齧っているのであった。

「…えっと」
ぼくが黙っているので困った元やくざは、
本日二度目の「…えっと」を言った。
ここまできたら仕方ない。あきらめて一口齧るが、
サクッとはしていない。
元やくざの小指のかっぱえびせんは、
普通のかっぱえびせんよりも、
だいぶしけっているし、かなりしょっぱい。
その理由は、元やくざが
小指で鼻をほじっているからに違いないと街の人々は言う。
ぼくもそう思う。
だからぼくは元やくざにはなるべく会いたくないのである。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


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2013年10月06日

上田浩和 2013年10月6日放送

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地上の恋とは違うのだ

              上田浩和

街のはずれの、人が一人ようやく横になれるくらいの
極めて小さい土地に家を建てた。
超がひとつじゃ足りないくらいの超高層ビルだ。
一階は、玄関。そこでぬいだ靴をいれる下駄箱は、二階にある。
三階はトイレで、四階は洗面所。五階はお風呂と言った具合に、
この最小限のスペースを最大限に活かすために、
家に必要とされる機能を各階にひとつずつ割り振っていったわけだ。
必然的に家というには高すぎて、
そしてビルというには細すぎる、
塔と言った方が近いような我が家ができた。
各階の移動はエレベーターを利用する。
ただいま、と一階の玄関をくぐって、
最上階155階のリビングに着くまでのおよそ7分間の
エレベーターの中での時間が、ぼくは好きだった。
シュルルルという箱が上昇する音を聞いていると、
パイプを通って空に帰っていくような不思議な気持ちがした。
耳がつんとする感じも好きだった。

土曜日の16時30分すぎ。
ぼくは毎週その時間になると、
最上階から窓の外に広がる東の空を見つめる。
しばらくするとそこに点が現れる。小さな点だ。
それはじょじょに大きくなり、横に広がり、
やがて飛行機の形となり、すぐそばを横切って行く。
ぼくはその一瞬を毎週楽しみにしていた。
飛行機の中からこちらに視線をおくってくる
キャビンアテンダントの女性と目が合うその瞬間を。

彼女とはじめて目が合ったのは、いつだっただろう。
ビルと飛行機との間には、それなりに距離があったが、
目が合ったことはお互い分かった。そして、引かれ合ったことも。
彼女と一緒にいたい、とは思うけど、
それが無理なことは分かっている。なにせこの家だ。
一人が限界のこの狭い家のために、
ぼくは払い終えるのに一生かかるローンを組んでいる。
印鑑を押す時は、一生独身の決心すらしたのだ。
それなのに淡い期待を抱くようになったのは、このビルのすぐ横に、
このビルと同じくらいの敷地の空き地ができたからだった。
ぼくはついついこのビルと同じビルが、そこにも建って、
そしてそこで暮らす彼女の姿を想像してしまった。
そっちのビルとこっちを空中廊下で繋げば、
自由に行き来できるに違いない。
しかし、そんな金がいったいどこにあるというのか。
それは分かっている。分かっているのに、
その想像が膨らむのを止められないのは、星のせいだ。
このビルの最上階から見える星空は、星の数にしても
ひとつひとつの輝きにしても地上からとは比べものにならない。
ほんの30分のうちに、いくつもの星が流れていく。
願い事はし放題。叶わない願い事はないように思えてくる。
明日にでも隣にビルが建ち、
彼女が引っ越してくるような気がしてくる。
これは地上の恋とは違うのだ。
何が起こるか分からないのだ。


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2013年09月08日

上田浩和 2013年9月8日放送

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山田

     上田浩和

今年最後に蚊に刺されたのは9月18日で、
ぼくはテレビを見ていた。
日曜夕方の大喜利の番組。
その日は黄色ががんばっていた。
紫がいつもの腹黒さで場を盛り上げていた。
ピンクがいつものようにさえないことを言っていた。
オレンジが師匠譲りの元気さだけで乗り切っていた。
左腕に蚊が止まっていることに気がついたのは、
お題が3問目に移ろうとしたそのときである。
すでに蚊は足場を固めぼくの血を吸いはじめていた。
どんどん真っ赤にふくれていく蚊のお腹を見ながら
ぼくは考えていた。
そういえば、この大喜利の番組には赤い着物の人がいない。
戦隊物ではリーダーと決まっている赤がいない。
いや、いた。
ちょうどそのとき、画面右から赤い着物の男が現れ、
黄色の座布団を全部持っていき、
番組はその日一番の盛り上がりを見せていた。
赤は山田隆夫か。
蚊のお腹がじゅうぶん膨らむのを待ってぼくは右手で叩き潰した。
当然、左腕には、潰された蚊と血の跡が残ったが、
なぜだかぼくにはそれが山田隆夫の死体に思えてならなかった。

苦悩した末、警察に出頭した。
座布団運び殺しの容疑で緊急逮捕される運びとなった。
鑑識が現れ、白い粉をぽんぽんして去って行った。
刑事や警官たちに取り囲まれ、実況検分が行われた。
それが終わったあともしばらくのうちは、
死体を囲む白いラインが蚊の形になって残っていた。

取調室でぼくは訴えた。
画面向かって左から、水色、ピンク、黄色、銀色、紫、オレンジ。
あの6人は、落語家であってもう人間ではないのだと。
その証拠に普通の人間に大喜利なんてぽんぽん答えられますか?
あいつらの体内に流れる血は、もう赤くはないのだ。
あいつらを刺せば分かる。俺に刺させろ。
あいつらは、きっとピンクの血を流し、水色の血を吐くに違いない。
俺は山田隆夫をまだ人間のうちに、
落語家になる前に、まだ赤い血が流れているうちに、
座布団運びから解放してあげたのだと。

結果的に、その訴えが元で精神鑑定に回されることになり、
今、ぼくは留置所にいる。
暑くもなく、寒くもなく、いい季節に入れてよかったと思っている。
あの夜以来、蚊の姿は見ていない。


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2013年08月25日

上田浩和 2013年8月25日放送

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EASY COME,EASY GO.

             上田浩和

ハエとしての人生をおくっていたある夏の日、
ぼくは、牛の排泄物の周りを飛び回っていたところを、
牛の尻尾にはたかれ地面に叩きつけられた。
とても痛かった。
体に痛みのテーマパークが開園したのかと思ったほどだ。
あんな痛みやこんな痛み、そして、そんな痛みまでが
全身のあちこちで披露され、締めくくりとして、
体の真ん中を痛みのエレクトリカルパレードが賑やかに通過した。
軽快なリズムに合わせて全身は何度も痙攣し、
最後、痛ミッキーが大きくジャンプすると、その着地に合わせて、
真夏の草いきれのなか、ぼくは絶命した。
魂になったぼくはハエの体を離れると、
天使に導かれることもなくただ一人で上空にのぼっていった。
その途中、どんどん遠ざかっていく地表を見ながら、
やりきれない一生だったなと思ったのを最後に
意識は黒く塗りつぶされた。

いったいどれくらいの時間をそこで過ごしたのかは分からない。
一瞬だっかのかもしれないし、
永遠に近いくらいの時間だったのかもしれない。
死後の世界は楽園のように描写されることも多いが、
そこにはあらゆる概念が存在しないため、
実際には何も感じることができない。
死んだ実感すらないまま、
輪廻に従い次の人生に送り出されることになる。
ふたたび意識を取り戻したとき、ぼくはベンツの運転席にいた。
それに乗って、次の人生のスタート地点まで行けということだ。
ぼくはB’zの曲を響かせながら、闇夜に包まれた道を飛ばした。
フロントガラスの向こうにハエだったときに見た景色が、
つぎつぎと浮かんでは後ろに流されて行く。
松本のギターに合わせて、稲葉が声を張り上げていた。
ハエだったとき日本で流行っていた曲だった。

踊ろよLADY やさしいスロウダンス
また始まる 眩いShow Time
泣かないでBABY 力をぬいて
出逢いも別れも EASY COME,EASY GO!

しばらく走ると開けた場所に出た。港のようだった。
海の気配のむこうにフェリーが大きな影をつくっている。
駐車場にベンツを停め、外に出て、乗り場のほうを見たとき、
ぼくは「あっ」と言っていた。
そこにあったのは「to HUMAN」の看板。
ぼくは人間界行きの船に乗るこを許されたのだ。
つまり、次の人生を人として生きられるのだ。
乗り場に続く長い人の列の最後尾に並ぶ。
正確には人ではない。これから人として生まれてかわる魂の列だ。
そこにいた係員に聞いた。
ベンツに乗って行くことはできないのか。
係員はだめだと言った。
母親がエコー検査で胎内を見たとき、子供がベンツに乗っていたら
産む気をなくすし、産む気になったとしても、
ボンネットのエンブレムによって子宮内が傷つけられてしまう。
その説明を聞きながら、ぼくはまだ見ぬ母親の顔を思い浮かべた。
汽笛が鳴った。次の人生が始まる合図だった。


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2013年07月28日

上田浩和 2013年7月28日放送

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待ち合わせは、ゆうぞうくんの下で。

              上田浩和

ゆうぞうくんは、頭が大きい。
体格はふつうなのに頭だけは縦10m、直径3mくらいあり、
街のシンボルになっている。
待ち合わせ場所として利用する人もいるくらいだ。
ゆうぞうくんにはさつきさんという好きな女性がいる。
さつきさんも、ゆうぞうくんを待ち合わせ場所にしていた一人で、
いつだったか待ち合わせ相手が急に来れなくなったことがあり、
ゆうぞうくんとさつきさんは、そのときはじめてデートをした。
はじめてのキスは3回目のデートの帰りだった。
そのとき、ゆうぞうくんの頭は幸せの成分でどんどん膨らんで、
ついには気球みたいに空に浮かび上がってしまった。

街はすぐにジオラマのように小さくなり、
遠くから富士山が話しかけてきた。
「どうしたんだい?」
「恋をしてるんだ」とゆうぞうくんは答えた。
「そういうことなら彦星に相談するといい」
富士山はそう言うけど、彦星は遠い宇宙にいる。
「じゃあ、ぼくがJAXAにかけあってあげるよ」
と言ってくれたのは、羽田空港に向かう途中の飛行機だった。
おかげでゆうぞうくんは、JAXAが手配してくれた宇宙ロケットに
またがって宇宙へ彦星に会いに行くことができた。
彦星は無重力生活が長いせいか浮ついた奴だったが、
恋については人類が誕生する前から頭を悩ませてきただけあって、
なんでも相談にのってくれた。

それから3日後の夜。
ゆうぞうくんはさつきさんを誘って星を見に出かけた。
丘の上から見上げた空には星が無数に光っていた。
8時ちょうど。
ゆうぞうくんは、ある星に向けてウィンクをして合図を送った。
その星は、オッケーとばかりに大きく瞬くと、
地球にむかって流れはじめた。
長い尻尾を持った完璧な流れ星になったその星は、
もちろん彦星。
ゆうぞうくんはあのとき彦星と、
3日後の夜8時ちょうどに流れ星になってくれるよう
約束を交わしていたのだ。

そんな彦星の流れ星に、ゆうぞうくんは願いごとをした。
隣にいるさつきさんの心に刻み付けるようにゆっくりと、
さつきさんとずっといっしょにいたいです、
と3回、大声でくり返した。
それを受けてさつきさんも、
ゆうぞうくんとずっといっしょにいたいです、
と3回、照れた声で小さくくり返した。

今では、ゆうぞうくんは、街の恋のシンボルになっている。
ゆうぞうくんの下で待ち合わせするとその恋は実るという噂もある。
その後の彦星についてだが、
彼は流れ星として地球に降ってきたあと、
この街のホストクラブでぶいぶいいわしているそうだ。


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2013年06月30日

上田浩和 2013年6月30日放送

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伊藤くんと伊藤くん

      上田浩和

よくあるコンクリートの四角いビルだから、
一見教会だとは分からないが、入り口からなかを覗くと、
天井近くに十字架が見える。
そこには昔、伊藤くんの家族が住んでいた。
伊藤くんとぼくは小学校で同じクラスだった。
伊藤くんは、子供の頃からひどく痩せていておじいさんみたいだった。
坊主頭で頬はこけ前歯が少し出ていた。
健康診断でその見事に浮き出たあばらを見た時は、
貧乏なのかと思ったが、教会に住んでいると聞いてからは、
クラス全員が、伊藤くんのことをキリストだと思うようになった。

クラスにはもう一人、伊藤くんがいた。
そっちの伊藤くんのお父さんは、
背が高く威圧感のある地元の権力者で、
小学校のPTA会長もしていたが、
子供と視線を合わせようとしない人だった。
お父さんが嫌な目立ち方をしていたもう一人の伊藤くんは、
クラス中からいつも一定の距離を置かれ、
なんだかとてもかわいそうだった。

伊藤くんと伊藤くんは、仲が良さそうではなかったけど、
一度だけ二人が特別な存在に見えたことがあった。
体育の時間、クラス全員にTシャツが配られたことがあった。
それは、背中に大きくそれぞれの出欠番号と名前が
アルファベットで印刷されたもので、
野球選手のユニフォームみたいだとみんなで目を輝かせた。
なかでも二人の伊藤くんのは特別だった。
キリストの伊藤くんは伊藤清一だからS.ITOH、
PTAの伊藤くんは伊藤博樹だからH.ITOHと、
二人を区別するためにつけられた、
「S」と「H」がみんなにはうらやましかったのだ。
二人がそのTシャツを着て並ぶと、
その時だけは、誰もがうらやむ仲の良いコンビに見えた。

でも、しばらくすると、キリストの伊藤くんは、
家族といっしょにイスラエルに行ってしまった。
それ以降、教室から、キリストに常に見つめられているような
不思議な緊張感がなくなった。
そして、PTAの伊藤くんは少しずついじめられるようになった。
原因は「H.ITOH」のTシャツにあった。
キリストの伊藤くんがいなくなった以上、
区別するためのHに意味がなくなり、
PTAの伊藤くんは、ただのHな伊藤くんということになったのだ。
伊藤くんは「スケベ」「エロ」と揶揄されるようになった。
散々言ったあと、クラスの男子たちは、
必ず最後に「お父さんに言うなよ」と付け加えていた。
ぼくもいっしょになって言った。
そんなPTAの伊藤くんも、4年生にあがる頃、
お父さんが問題を起こしたか何かでどこかに転校していった。
そして、クラスから伊藤くんはいなくなった。


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2013年05月26日

上田浩和 2013年5月26日放送

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つり革

       上田浩和

緑色のバスが音をたてて走りはじめた。
学校を終えた学生や買い物帰りの主婦たちで、
夕方の車内は混み合っていた。
バスターミナルを出たあと左折し、
2、300m走ったところにある次のバス停で、
若い男女が乗ってきて、乗り口そばのつり革につかまった。
男は、つばの大きなキャップをかぶり、
女は、ヒョウ柄のだぼっとしたパーカーを羽織っている。
男が「あーあ」と車内に響き渡るような大きな声でため息をついた。

と、以上のようなことを自宅のテーブルで書いていたら、
突然、平仮名の「あ」の神様が舞い降りてきた。
「ため息を『あーあ』で表現するんじゃない」と「あ」の神は言う。
「え!」とぼくは驚く。
「『え』じゃないよ。『あ』の話だよ。
『あ』でため息を表現されるとイメージ悪くなるでしょ」
「すみません」
「なんかあるでしょ。ため息表現するにしても。ほかの平仮名が」
「あ」の神様は、口を「あ」の形に開けたままで器用にしゃべる。歯医者は診察しやすそうだ。ただ、よだれをだらだら垂らしたままなので、それを拭くのはたいへんそうだ。
「じゃあ『はー』ですかね」とぼくは言った。
「それでいいんじゃない」と「あ」の神様は言うと、
納得した様子で口を開けたままうんうん頷いている。
一緒によだれも揺れた。
これで一安心かと思ったら、そのとき光るものがあった。
振り返ると、平仮名の「は」の神様がそこに立っていた。
「は」の神様も同様に口を大きく開け、
よだれをだらだら垂らしている。
「あ」の神様と違うのは、
「は」だけに歯がやたらと白く輝いているところだ。
まぶしい。ぼくの足元には影ができている。
「は」の神様は、「ため息を『は』で表現するなよ」と
「あ」の神様と同じことを言った。
ぼくは面倒になり、さっきの文章の最後の一文を書き直した。

男が車内に響き渡るような大きな声でため息をついた。

単純に「あーあ」を削っただけだったが、
これでどうですか?と聞くと、「あ」と「は」の神様は、
「オッケー」と親指を立てた。
床の上ではいつの間にか、二人のよだれが湖をつくっていた。
これ拭くの面倒くせえなあ。はあーあ。
と思わずため息をついたら、
「だ、か、ら!」
と「あ」の神様と「は」の神様にハモリながら言われた。


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2013年04月28日

上田浩和 2013年4月21日放送

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パリ

                    上田浩和

「どうしてキャベツはおいしいんだろ」
キャベ江がキャベツを食べながら言った。
「春キャベツだから?」ぼくもキャベツを食べながら言った。
テーブルの上には、キャベツが丸ごと置いてあり、
ぼくとキャベ江は、その葉を一枚ずつはいでは食べはいでは食べしていた。
「それもあるけどやっぱり食感よね。なんでこんなにパリパリするんだろ」
「それは、キャベツのなかにパリがあるからだよ」
そんなわけないじゃない、と信じようとしないキャベ江のために、
ぼくは包丁でキャベツをまっぷたつに切った。
「ほら見て」キャベツの断面を見せるとキャベ江は言葉を失った。
そこにパリの都が広がっていたからだ。

ぼくとキャベ江は手をつないで、
キャベツの中のパリパリのパリを散歩した。
エッフェル塔の展望室から、
薄い緑色をした食物繊維たっぷりの街並を見渡し、
モンマルトルの丘で似顔絵を描いてもらった。
買い物を楽しんだあと、昼間からバーでワインを傾けた。
セーヌ川を走るクルーズ船にも乗った。
そのデッキ上で、それまで楽しそうにしていたキャベ江が、
突然目に涙を浮かべながら言った。
「ロールキャベツの具になった気分だわ」
いつだったかキャベ江は、母親が作るロールキャベツが
大好きだったと言っていたから、キャベツの中にいて、
母親に抱きしめられているような気がしたのかもしれない。
船から夕方のオレンジに染まるノートルダム寺院が見えた。
鐘の音をやさしく響かせていた。

そうやって、ぼくとキャベ江は、キャベツの中で一週間を過ごした。
幸せな時間だった。
だから、ここに来て8日目の朝、
空に黒いシミを見つけたときは悲しかった。
キャベツが腐りはじめたのだ。
黒い部分は、一秒ごとに空を浸食していった。
空だけじゃない。建物や路面、街のいたることろに腐敗は見受けられた。
食品包装用のラップをあるだけ買い込み、
街の人たちと手分けしてあたりを覆ってみたが時すでに遅し。
エッフェル塔が、凱旋門が、ルーブル美術館がしなびていた。
世界一の都が肩を落としているように見えた。
腐臭も漂いはじめたキャベツの中に、それ以上いるのは危険だった。

自分たちの部屋に戻るとぼくとキャベ江は、
ただ黙ってテーブルの上の傷んだキャベツを見つめていた。
たとえ腐ってしまったとしても、
二人の五感が全部覚えていることだろう。
ふとぼくのお腹が鳴った。
ノートルダムの鐘とは比べものにならない気の抜けた音色に、
キャベ江が笑った。ぼくも笑った。
窓の外はもう夕方だった。
キャベ江が、キャベツからまだ使えそうな葉を選びながら
「よし、ロールキャベツ作ろう」と言った。


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2013年03月31日

上田浩和 2013年3月31日放送

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グラッデン

           上田浩和

グラッデンをご存知でしょうか。
1994年、読売巨人軍に入団したいわゆる助っ人外国人選手です。
ヘルメットからはみ出すほどの長い金髪と、
口髭が印象的な白人男性で、
当時、巨人ファンの間ではハルクホーガンに似ていると騒がれていたそうです。
でも、野球に興味のないわたしは、
そんな名前、それまで一度だって耳にしたことはありませんでした。
それなのに、32歳の誕生日、わたしの顔はグラッデンにされたのです。
わたしは、プロ野球の神様に聞きました。
なぜ女のわたしが、グラッデンみたいなわけの分からない
男の顔にされなくてはならないのかと。結婚もまだなのに。
プロ野球の神様は言いました。
グラッデンの巨人時代の背番号は32だった。
32歳になった女と32番を背負った男。
その数字の偶然を大切にしなさいと。

顔をグラッデンにされてから何度か合コンに行きました。
わたしはもちろん女側に座り、
男たちには必ず最初に巨人ファンかどうかを尋ねました。
そして巨人ファンの男に対しては、
この顔を武器にして距離を縮めようとしました。
でも、誰もグラッデンのことなんて知りませんでした。
巨人時代のグラッデンは中途半端すぎたのです。
メジャーリーグでの実績を買われ、
鳴り物入りで入団したものの結局1年で退団。
打率2割6分7厘。ホームラン15本。
そんな成績では仕方ありません。
いくら巨人ファンでも覚えているほうが珍しいのです。
わたしは何度「クロマティの顔だったらな」と思ったことでしょう。

グラッデンの顔で生きる毎日はつらいものでした。
それでも今日まで下を向くことなくやってこれたのは、
皮肉にもグラッデンのおかげです。
グラッデンの目は、きれいな青い色をしています。
その青い瞳をとおして見る世界は、
どこもかしかもうっすらと青みがかっています。
特に青に青が重ねられたわたしの空は、
ほかの誰が見る空よりも青い自信があります。
嫌なことがあった日は、空を見上げました。
すると、濃い青が心に染み入ってきて、
いろんなことがどうでもいいと思えるのでした。

わたしは、あした33歳の誕生日を迎えます。
プロ野球の神様は、今度はわたしの顔を誰にするつもりでしょうか。
背番号33の選手を思い出そうしてみたけど、
野球に興味のないわたしには誰の顔も思い浮かびませんでした。


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2013年02月24日

上田浩和 2013年2月24日放送

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ヤマザキ

            上田浩和

二月のある夜、チャイムを鳴らして松たか子がやってきた。
化粧も服も決して派手ではないのに、
輝いて見えるのはさすが女優だ。
無意識にぼくの視線は彼女の手元にいく。
右手人差し指の先端から付け根にかけ、
赤く細い線が走っているのが見えるが、
その傷の原因はぼくにあった。

去年の年末にも、松たか子は、
チャイムを鳴らして我が家にやってきた。
来るなり玄関先で彼女は言った。
「クリスマスケーキのご予約は、お早めに」
ぼくはちょうどコンビニ強盗へ出かけようとしていたところだった。
「強盗とホイップクリームのどっちが大事なの」と彼女は言い、
ぼくの上着の内ポケットから、
新聞紙でくるまれた包丁をさっと奪った。
「さ、行きましょう」
と表情ひとつ変えない松たか子だったが、
包丁を握った右手の指先からは赤い血をしたたらせていた。
勢い余って包丁で指先を切ったようだった。
急いで手当をした。
そのあとふたりでコンビニへ行くと、
強盗をすることもなく、
クリスマスケーキの予約を済ませた。

松たか子が来たのは、あの夜以来ということになる。
彼女は玄関先で立ったままで動こうとしない。
「あの、その傷、ほんとにすみませんでした」
妙な間にたえきれずそう切り出したぼくをさえぎるようにして、
「春のパン祭り。お申し込みはお早めに」と彼女は言った。
「これからコンビニ強盗に行くんですけど」とぼくは言った。
「好きねコンビニ強盗」
「日課なんで」
「強盗とデニッシュボウルどっちがだいじなの?」
「それは、デニッシュかな。シール24点分でお皿がもらえるんですよね」
松たか子は、コートのポケットから、
シールを貼るハガキ大の台紙を取り出すとぼくにくれた。
ぼくは内ポケットから包丁を取り出し、かわりにその台紙を入れた。
そのあと、ふたりで身体をふるわせながらコンビニに行き、
強盗をするでもなく、
あんぱんと二色パンと缶コーヒーを二本買った。
コンビニの前で、パンの袋からシールをはがし、
台紙の方に貼り替える。ひとまずこれで2点分。
パンを渡そうとすると、
松たか子は「わたしあんぱんも二色パンも嫌いなの」と言った。
「それ、早く言えよ」とぼくは思ったが
女優相手になかなか口にはできない。
見上げた夜空には、三日月が輝いていた。
あれが満月になるころには、もう春になっているのかもしれない。


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