コピーライターの裏ポケット

こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2012年03月25日

上田浩和 2012年3月25日放送

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ランディでもなく、岡田でもなく。

           上田浩和

わたしは、地元の警察署で落とし物係をしている。
管轄内の落とし物は全部、わたしのところに届けられることになっていて、
いわゆるわたしは、このあたり一帯の拾う神なのである。
多い落とし物ベスト3は、わたし調べによると、
1位財布、2位携帯電話、3位鍵。
そしてたまにあるのが動物。
無責任な輩どもに捨てられたペットたちに同情し、
自分の部屋に連れ帰ってきた結果、今、わたしは、
犬とうさぎとハムスターに囲まれて暮らす31歳の寂しい独身女だ。
しかも31歳は今日までで、明日、32歳の誕生日を迎える。

わたしは、この31歳という一年を、
元阪神タイガースの掛布の顔ですごした。
31とは、現役当時の掛布の背番号なのだが、
たったそれだけの理由で、去年の31歳の誕生日に、
プロ野球の神により顔の遺伝子を掛布に組み替えられたのだった。
そして31歳最後のこの夜、わたしは部屋で一人、
鏡に映った自分の顔を眺めながらこの一年を振り返っていた。
いろいろあった。巨人ファンの係長からは辛くあたられ、
サッカー好きの彼氏にはふられた。
でも、たった一年の辛抱だと思えば耐えられた。
わたしには、うさぎがいたし、ハムスターがいた。
犬だけは、突然顔が変わった飼い主に対して吠えまくっていたけど、
今ではなついてくれている。
明日起きたら、わたしは32歳になっていて、
顔もおそらく背番号32の選手の顔にされていることだろう。
過去、背番号32をつけた有名なプロ野球選手には、
元ヤクルトの尾花や元阪神の坪井がいる。
どちらの顔になっているかは明日にならないと分からないが、
どちらにしても、掛布の顔に比べたら何万倍もいい男だとわたしは思う。

今日、以前管轄内で起きたある事件の犯人が逮捕された。
そのことを受けて、わたしは考えた。
犯人は、捕まる直前にどこかで運を落としたに違いない。
運を失った犯人は、そのせいで捕まったのだ。
運を落とした犯人と、落とし物になった運。
もしその運が誰かに拾われ、明日、わたしのところに届けられたとしたら、
わたしの明日からの人生は、ちょっとはよくなるのではないだろうか。
そう思うと、尾花か、坪井か、そのどちらかの顔で生きる32歳という一年が、
不思議と楽しみになってきて、わたしはいつのまにか笑っていた。
すると、鏡のなかでは掛布も笑っていた。


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2012年02月26日

上田浩和 2012年2月26日放送

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さわやかな血

                 上田浩和

その日の病院からの帰り道は、
足取りが慎重になりなかなか家にたどり着くことができなかった。
歩きながら頭のなかでは、
ついさっき交わされたばかりの医者との会話が何度も繰り返された。
「怪我するとどうなるんですか?」と尋ねたぼくに、
「輸血が必要な状況になっても適合する血液がなかなか手に入らないからねえ」と
不憫そうに言う医者。
その後ろの棚の奥では、見知らぬ薬品たちが、
息をひそめてこのやり取りに耳を澄ませているようだった。
アールエイチコーラマイナス。
それがぼくの血液型で、怪我をするとぼくの傷口からは
血とは思えないような黒い液体がシュワッとにじみ出るのだそうだ。
「アメリカ人にもたまにいるけど、みんな元気に生きてるから心配ないよ」
となぐさめるように医者は言うとぼくに小さなカードを手渡した。

家に帰ると、母がリビングで夕飯時にもかかわらず化粧をしている最中だった。
母には、父以外にも男がいることをぼくは知っている。
母とは言っても、実の母ではなく、いわゆる継母だから、
この女が陰でなにをしていようが普段のぼくならなんの興味も示さないのだが、
女が急いでいるようだったのでついつい意地悪半分で、
「俺の血ってコーラみたいなんだけど」と話しかけてしまった。
すると女は言った。
「あらそう。その話し、長くなりそうだったらあなたの血でも飲みながら、
今度ゆっくり聞きたいわ」
ぼくは「分かった」とだけ言い残すと、
そのまま自分の部屋につづく階段をのぼった。

医者は、帰り際にこうも付け加えた。
もし自分の血液のことで、
冷静でいられなくなったら、
自分の血をグラスにとって飲むといいよ。
スカッとして、気分が晴れるからね。
無責任な言い方かもしれないけど、
自分の血を飲みながら命がけでリラックスすることって、
誰にもできることじゃないからね、と。
ぼくはまるで心穏やかになりたかったら、
手首を切れと言われたような気がしたけど黙っておいた。

ベッドの上に仰向けになるとズボンのポケットをさぐり、
一枚のカードを取り出した。
さっきもらったばかりのその黒いカードの表には
「わたしはコーラ血液保持者です」とあり、
裏には「RhCOLA−」という印字の下に、
名前を書く空欄が設けてあった。
その裏表を何度も繰り返し見ているうちに、
自分のこのさわやかな性格がこの血液に由来していることに気がつき、
妙に納得してしまった。
そして深いため息をひとつついたあと、
ぼくはあの女の血が、自分に流れていないことを喜んだのだった。


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2012年01月29日

上田浩和 2012年1月29日放送

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あけましておめでとうございます。

            上田浩和


こちら熊本県民の者です。
名物辛子蓮根を敷き詰めたベッドで寝起きし、
馬刺しをつなぎあわせたスーツで出勤し、
毎日早朝6時と深夜24時に、
熊本市の中心部に立つ加藤清正像の方に向かって祈りを捧げています。
こちら熊本は2012年になりましたが、
そちら栃木はいかがでしょうか。
こちら熊本はあたたかいと思われがちですが、
そんなことはなく、冬はやはり夏よりも寒いです。
ストーブのそばに置いたCDラジカセからは、
「天空の城ラピュタ」のサウンドトラックが聞こえてきます。
なぜラピュタなのかというと、つい先日、
テレビでやっていたのを観たからですが、
今のところ、熊本の空から女の子が降ってくる気配はありません。
もし女の子が降ってきたら、もしスカートをはいていたら、
ぼくはスカートの中をのぞこうとするだろうなと考えて
思い出したことがあります。
昔、まだ森高千里がミニスカートで歌っていた頃、
見え隠れするパンツには「M」とあったそうです。
アリーナの最前列で見た友達の友達が言っていました。
森高のMに違いないのですが、書いてある場所が場所だけに、
中学生だったぼくらは、それがなんのMかずいぶんと話し合ったものです。
森高は水前寺清子以来の熊本出身のスターでありましたから、
そのスカートの中についてもぼくらは真剣だったのです。

そんな森高の数ある曲のなかでも、
とくに熊本県民が愛してやまないのが「渡良瀬橋」です。
ご存知の通り、栃木県足利市の渡良瀬橋から見た夕日を歌った名曲ですが、
この曲に触れてからというもの、熊本県民は、阿蘇の稜線に沈む夕日に、
栃木の夕暮れを重ねるようになりました。
学校帰りの高校生たちは、
髪をなでる風に栃木からの祝福を感じ、
大きな橙色のぬくもりに栃木のやさしさを感じています。
というのは言いすぎでしょうかね。すみません。
熊本県民のぼく、栃木のみなさんに気に入られようとしてしまいました。
ほんとうのことをいうと、熊本県民は、
森高の気持ちを奪った栃木の夕日に嫉妬しているのですが、
そろそろ24時。お祈りの時間が迫って参りましたので、
この話はここまでということで。

清正 清正 加藤清正
正の字はすでに五票
またまた殿様当選確実

毎晩、銅像の方角を向いてそう唱えて眠りにつくこの習慣は、
今年もかわりません。
それでは、栃木のみなさま、おやすみなさい。
そして、今年も一年よろしくおねがいします。
たまには熊本にお越しください。
負けないくらいにきれいな夕日でお待ちしています。



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2011年12月25日

上田浩和 2011年12月25日放送

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コーヒーカップ物語。


            上田浩和


わたしのコーヒーカップは、よくしゃべる。
コーヒーの粉末をスプーン二杯分いれ、
お湯を注ぐと、まっしろな湯気に文字を浮かべ、
マンガのせりふみたいにして話しかけてくる。
たとえば、コーヒーを一口飲み「ふー疲れた」ともらすと、
コーヒーカップは「疲れるのだけは一人前だな」
という文字を湯気のなかに並べる。
基本的にコーヒーカップは口が悪い。
やさしい言葉をかけてほしいときには、
ミルクをいれてカフェオレにするといい。
「おつかれさま」なんて言ってくれる。
さらに砂糖を入れると「愚痴なら聞くよ」と甘えさせてもくれる。
一日の終わりにコーヒーを飲みながら、
そんなコーヒーカップと話すこの時間がわたしはとても好きだった。

その夜は、とても冷えた。
この冬いちばんの冷え込みです、とラジオが言っていたほどだ。
帰ってくるなり薬缶を火にかけコーヒーをつくると、
いつもより盛大な湯気がわたしを包みメガネをくもらせた。
コーヒーカップを両手でくるみながら、
「今日は寒かったねえ」とわたしが言うと、
「ほんっとに寒かった。まだ取っ手がかじかんでるよ」とコーヒーカップ。
丸い取っ手の部分に触れると、たしかにひんやりとしている。
コーヒーカップも、わたしといっしょで冷え性なのだ。
そこでわたしは、お風呂のなかでコーヒーを飲むことにした。
コーヒーカップをお湯のなかで傾けて取っ手を肩までお湯につけてあげると、
「ああーーーー」とふやけた文字を湯気に浮かべながら気持ちよさそうにした。
わたしがお湯のなかで体をほぐすあいだ、
コーヒーカップは、わたしの知らない曲を二番まで歌った。

お風呂からあがったあと、その夜はもう一杯だけコーヒーを飲んだ。
「今度さ、ショウガいれてあげようか」とわたしは言った。
「コーヒーのなかに?」とコーヒーカップは言った。
「あ、そっか。ショウガなら紅茶のほうがいいか。
 冷え性に効くらしいよ」
「おまえは女としても冷え切ってるからな」
と、今夜もコーヒーカップは口が悪い。
「クリスマスはどうすんだよ」
その質問を無視して、わたしはコーヒーカップに口をつけて一口すすった。
するとコーヒーカップは言った。
「おまえのキスはまだまだお子様だな」
その一言に烈火のごとく怒ったわたしは、
コーヒーカップの中身を台所にぶちまけると、
そのまま「冷たい水でつけおき洗いの刑」に処した。
まったくもう。
と怒りながらもわたしは、今年のクリスマスは、
ミルクと砂糖をたっぷりといれたコーヒーカップといっしょにすごそうと思っていた。


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2011年11月27日

上田浩和 2011年11月27日放送

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夏の跡

              上田浩和

頭上からヘリコプターが近づいてきていました。
見上げるとその鋼鉄の腹が真上に見えます。
ぼくを目指してじょじょに高度を下げているようです。
轟音と風圧に今にも飛ばされそうになるのをこらえながら
必死の思いで自分の左手を見ると、そこに腕時計はありません。
でも腕時計の跡はあります。
もう11月だというのに夏にできた日焼けの跡はまだはっきりとしています。
その丸い時計の日焼け跡が、
ヘリコプターの操縦士にはどうやらヘリコプターの発着場に見えるようなのです。
さっきから何度も「これは発着場ない!」と呼びかけてはいるのですが、
ヘリ自身の音にかき消されパイロットにまで届きません。
ぼくはなんとか左腕をあげたままの姿勢を保たなければなりません。
そうしないと操縦士が着陸地点を見失い大惨事に繋がる可能性があるからです。
ヘリコプターは、高度を下げながら、そのボディのサイズを、
日焼け跡の大きさに合わせてじょじょに小さくしているようでした。
手の届く距離まで迫ったときには、
5歳児くらいの大きさになっていました。
そしてパイロットと目が合う高さまで降りてきたときです。
プロペラが、ぼくの髪の毛をかすめたのです。
とっさに頭をすくめたのですがそれも遅く、
ぼくの頭は高速回転するプロペラによって、
つぎつぎとスライスされていきました。
自分の頭がスーパーで売っている
薄切りハム10枚入りになったようなものです。
スライスされた頭は、風圧で空に飛ばされていきましたが、
その様子も目の下までプロペラが達し時点で見えなくなりました。
後を追うように音も聞こえなくなり、
ついで匂いもなくなり、悲鳴をあげることもできなくなりました。
でも左腕にヘリコプターが無事着陸し
中から誰かが降りてきたことはその感触で分かりました。
軽い足取りです。女の子でしょうか。
バレエでも習っているのかもしれません。
つつつとつま先立ちで移動してたんとジャンプする
ステップの感触がぼくの左腕いっぱいに広がりました。
小さな少女がぼくの腕のうえで踊っています。
見えないけどきっとそうです。
もう耳はないけど音楽も聞こえてきそうです。
それは優雅なクラシック。
その音色に聞き惚れているうちに、
ヘリコプターは女の子をのせて再び飛び去っていったようです。
肩から上を失ったぼくでしたが、
脊髄に直接しみるヘリコプターが起こす風は、
なかなか気持ちのいいものでした。



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2011年10月30日

上田浩和 2011年10月30日放送

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ブーメラン

                上田浩和


うちのおばあちゃんはひどい猫背で、
「く」の字に曲がった全身を杖にあずけるようにしながら
ちょっとずつ歩く。
若い頃にいろんなものを背負わされたからね、
とおばあちゃんは笑うけど、
その笑顔を見るたびに
ぼくはいつも悲しい気持ちにさせられた。

だから、ぼくはおばあちゃんをぶん投げた。
「く」の字のおばあちゃんは、ブーメランに見えないこともないと思い、
秋のある日、ぼくはおばあちゃんをぶん投げた。
細い両足をつかみジャイアントスウィングの要領で
力任せに空に向かってぶん投げた。
するとあまり体重のないおばあちゃんは、
あっさりと投げ出され、かと思うとくるくる回転しながら、
町の小さな空を一周し、元いた場所に戻ってきた。
着地のときにはスタッという気持ちのよい音がした。

ブーメランになって空を飛ぶおばあちゃんは、
なんというかとても自由そうで、
まるでぼくの同級生の女子みたいに笑っていた。
そのときまだ非力な小4だったぼくは、
その日の晩から筋肉トレーニングをはじめた。
もっと力をつけてもっと遠くまで飛ばして、
もっとおばあちゃんを喜ばせたいと思ったからだ。

今ではニューヨークまで飛ばせる。
これはすごいことだと
背中の曲がったおばあちゃんの分までぼくは胸を張る。
80すぎのおばあちゃんが、回転しながら太平洋の上空を渡り、
自由の女神で折り返して帰ってくるなんて話は他で聞いたことがない。
でも、これ以上遠くに飛ばすのはやめようと思う。
これ以上遠くに飛ばしたら、
おばあちゃんはもう帰ってこないような気がする。
なぜだか分からないけどそんな気がする。
そう言うと、おばあちゃんは「なに言うてんの」と小4みたいに笑った。



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2011年09月25日

上田浩和 2011年9月25日放送

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となりのとろろ

                 上田浩和

この9月分のポケット社の原稿を書くにあたり、
最初に思いついたのは「となりのとろろ」という言葉でした。
単なるダジャレで、なんのひねりもありませんが、
サツキとメイが、森のなかで、
白いとろろにまみれてはしゃいでいる様子を思い浮かべてみると、
ありなんじゃないかと思いました。
近所に住むカンタのおばあちゃんが毎朝すってくれる山芋が、
サツキとメイは大好きなのです。
二人がはしゃぎすぎたときには、
糸井重里の声をしたお父さんがちゃんと叱ります。
ありなんじゃないでしょうか。
お母さんは入院中のため今家にはいません。
とろろアレルギーであるお母さんは、十分注意して避けていたのですが、
ひょんなことから食べてしまい、発疹が治るまでは病院のベッドの上なのです。
ありです。お母さんがとろろアレルギーという設定は、ありです。
そのアレルギーがサツキとメイには遺伝しなかったようで、ぼくはひと安心です。
もし、二人までアレルギーだったら、
この「となりのとろろ」というお話は成り立ちませんからね。
よかった。運も味方してくれそうです。
このお話には追い風が吹いています。
しかし、この風にのればいい話が出来そうだと思ったのも束の間、
風は、黒い雨雲を運んできました。
さっきまでの青空は嘘のようにかげり、
地面をたたきつけるほどの雨になりました。
森のバス停では、赤い傘をさしたサツキとメイがネコバスの到着を待っています。
でもやって来たのは、コネバスでした。
それは、コネ入社のサラリーマンたちを満載したバスです。
これまたダジャレです。でも、いいのです。迷いのないベタは、最強です。
サツキとメイはバスの中で彼らと名刺交換をしました。
そういう人たちと知り合いになっておくことは、
これからの人生でとても有利に働きますからね。
彼らのなかに映画系のコネがあれば、
「となりのとろろ」のアニメ映画化が実現するかもしれませんし。
そうこうしているうちに、二人をのせたコネバスは、
ある病院の前でとまりました。もちろんお母さんが入院している病院です。
そろそろこの「となりのとろろ」もフィナーレを迎えようとしていますが、
どうもいいオチが思いつきません。
やはり、ここは本家トトロに倣い、二人が持っていた山芋を、
お母さんの病室の窓枠に置いて立ち去るのがいいのでしょうか。
いや、それは、ありじゃない気がします。
もっといいオチがあるような。
大前提に立ち返ってみると、この原稿を読むのは柴草玲さん。
あの柴草さんが、その独特な感じで「とろろ」を読むと、
なんか卑猥な気がしませんか?
ちょっと試しに読んでもらいましょうか。

と、ろ、ろ。

やっぱりだ。どうしよう。
子供の発育に悪影響を与えない話が前提のポケット社なのに。
「となりのとろろ」を聞いて育った子供の未来は何色でしょうか。
やはりこのお話には無理があるようです。
また別の話を考え直すことにします。



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2011年08月28日

上田浩和 2011年8月28日放送

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ハブさん

             上田浩和
 
将棋のハブさんは、ぼくのことを、こうじくんと呼ぶ。

ぼくの本当の名前はそんなんじゃないのに、
ハブさんは勝手にそう決めている。
なんでこうじくんなんだろう。
たぶん意味なんてないんだろうけど。

「ねえ知ってる?こうじくん」と言うハブさんの声がした。
ハブさんは、さっきから滑り台の一番高いところにしゃがんで、
将棋の駒をひとつずつ滑り落としていた。
ぼくは近くのベンチに座って、
その駒たちがスキーのジャンプみたいに
滑って飛び出して砂場に落ちるのを飽きもせず眺めていた。
スーッと滑る駒の音のあとの、駒が駒にぶつかる音が心地よかった。
ぼくとハブさんは公園にいた。
土曜日の夕方だった。ふたりの他には誰もいなかった。
「なにを?」とぼくは聞いた。
「ぼくが名人だってこと」とハブさんは言った。
「知ってる。将棋うまいんでしょ」
「うん。強いよ」
ハブさんが将棋の名人であることなら、誰でも知っている。
それだけじゃなく、あえて言わないけどハブさんが子供の頃、
公文教室に通っていたこともぼくは知っている。
あと、奥さんが元芸能人であることも。
「ずっと正座してるのたいへんじゃない?」
「もう慣れたよ」

気がつけば、砂場にはもう駒が山のように積み重なっていて、
ハブさんはいつのまにかぼくの隣に座り、ぼくの右腕を噛んでいた。
さっきから痛いなと思っていたのは、そういうわけだったのか。
血がつーっと流れている。
ぼくはあえて聞いてみた。
「ハブさん、公文教室通ってたでしょ。子供の頃」
するとハブさんが、勢いよくうなづくものだから
歯が腕に食いこんで痛かった。聞かなければよかった。
噛むことにも飽きたハブさんは、
ぼくの血が止まるまでぺろぺろ舐めた後で、
ふとなにやら歌いはじめた。
飛車とか角が出てくるへんな歌は、
ハブさんの即興だったのかもしれない。

顔をあげると滑り台の向こうに夕焼けがあって、
隣には着物を泥だらけにした将棋の名人がいて、
右腕でまだずきずきするできたての歯型はにおうと少し臭くて、
目を閉じると聞いたことのない下手な歌が聞こえてきて、
風はなくて、なんだか素晴らしい夏の夕方だった。



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2011年07月31日

上田浩和 2011年7月31日放送

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耳がバタバタ

                 上田浩和


らっきょうは食べるとおいしいのに、
せつなくなるのは、なぜですか?
という質問を急にされたらどうしよう。困ってしまう。
ぼくには、困ったことがあると、耳が大きくふくらんで、
それをバタバタさせて飛んで行ってしまうという悪い癖があるので、
人前でそうならないようにするためには、
今のうちから答えを準備しておかなければいけない。

らっきょうは、書くと、「らっきょう」だけど、
口に出して読むときは、「らっきょ」。
読まれない「う」は、自分の存在に疑問を感じ、ある日、
らっきょうの元を飛び出してしまいました。

それは、オードリー・ヘップバーンの場合も、同じ。
書くときは、オードリーとヘップバーンの間に丸い「点」が表記されるけど、
口に出しては読まれません。
コカ・コーラとか、ダ・カーポとか、
シャルル・ド・ゴール空港とかもそうですね。
自分がかわいそうになった「点」も、
オードリー・ヘップバーンから家出してしまいました。

「う」と「点」は、銀座で偶然出会いました。
そして、これまでを取り戻すために、
お互いの名前をなんどもなんども呼び合いました。
「う」
「てん」
「う」
「てん」
「う」
「てん」
そのうち抱き合って泣き始めたふたりを、
悲しい出来事が襲いました。
「点」がにじみはじめたのです。
じつは、水性のペンで書かれていたその「点」を、
皮肉にもふたりの涙が、にじませてしまったのです。
気がついたときには、
あの美しいオードリー・ヘップバーンの点だった美しい点が、
とけたようにもう点ですらなくなっていました。
「う」は、「世界の中心で愛を叫ぶ」の空港でのシーンみたいに、
「てーん」と呼びました。

らっきょうには、そういうせつない背景があるから、
食べると、おいしくて、でもなぜかせつなくなるのです。
食べると、口のなかでいい音がして、
でもなぜか心がざわつくのは、そのせいなのです。

という答えを用意したけれど、もし、
らっきょうを食べると急にお母さんに電話したくなるのは、
なぜですか?
と聞かれた場合はどうしよう。
ああ。耳がふくらんできた。ああ。バタバタしはじめた。バタバタ。





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2011年06月26日

上田浩和 2011年6月26日放送

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コジコジ!
                    上田浩和


友達のこじまくんは、
東京の美術大学を卒業したあと、会社員をしている。
あだ名はコジコジ。こじまだから、コジコジ。
笑うとピンク色の歯茎がむきっと出る。
むきっと出るから、ムキムキというあだ名でもいいかもしれないけど、
でも、やっぱりそこはコジコジのほうがあだ名としてはふさわしい。
美術大学出身だけあって、コジコジは絵が上手だ。かなり上手だ。
ぼくがふさぎ込んでいるときなんか、
そっとおっぱいの絵を描いてなぐさめてくれるけど、
その膨らみを描くなめらかなラインは、
素人にはちょっとまねできない。
コジコジは、今度結婚する。
相手は、ぼくも知っている女性だから、
あのおっぱいのモデルはひょっとして!とどきどきするぼくは、
コジコジに謝らないといけないかもしれない。

その結婚式でぼくはスピーチを頼まれた。
緊張しいのぼくは、人前で話したりするのが大の苦手だけど、
コジコジのお願いとあっては、
しかもそれがコジコジの人生の門出とあっては断ることもできない。
せっかくだからラブレターにしようかと思う。
とびきり愛情のこもったこんな感じの。

「コジコジ。結婚おめでとうなんて言わないよ。
おれはおまえの歯ぐきが好きだったから。
もし結婚するというなら、歯ぐきだけは置いていってくれ。
おまえの歯ぐきのピンクは桃と同じ色だ。
おまえが笑うたび、おまえは桃を食べているのかと思ったほどだ。
だからおまえが笑いながら歩いているのを見かけるたびに、
向こうから桃が流れてくるようだと驚いた。
桃が流れているのを見て驚いた人物は、歴史上もう一人いる。
桃太郎の中のおばあさんだ。
おまえの歯ぐきを割ってみないか。
今、きみたち二人がウェディングケーキを切ったそのナイフで。
桃太郎が実話なら、おまえの歯ぐきからも赤ん坊が産まれるかもしれない。
その赤ちゃんをおれとふたりで育てようじゃないか。
はぐき太郎がおまえの描いたきびだんごの絵を持って、
旅に出るその日まで。
冗談だよ、コジコジ。
これ以上、おまえの困った笑顔の隙間からのぞく歯ぐきのピンク色を
見たくないから言うことにするよ、結婚おめでとう」

人前でちゃんと読めるか心配で仕方ないけど、
もうコジコジは励ましてはくれない。
ぼくはひとりでがんばるしかない。
これからは自分でおっぱいの絵を描くしかない。
描けるかな、ぼくに。あのコジコジのようなふくよかなラインが。
描けるかな。いや、きっと描けるようになってみせるよ。
自分一人で立ち上がれるようになるよ、ぼくは。
だから、おめでとう!コジコジ!



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