コピーライターの裏ポケット

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「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです




2011年05月29日

上田浩和 2011年5月29日放送

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森の観覧車

                      上田浩和


その小屋は、森のなかにありました。
もう半年ほど前から誰も住んでいないため、
小屋のいたるところにほこりが積もり、蜘蛛の巣がいくつも張っています。
壁の時計もとまりかけていました。
木枠の古い時計です。
いつも遅れがちで、正しい時間を示したことなどないその時計は、
引越しのときにそのまま置いていかれたのでした。
その長針と短針には、それぞれ名前があります。
長針はミニトで、短針はアワ。
身長差こそありましたが、ふたりはお似合いのカップルです。
なのに、ふたりは1時間に1分しか向き合うことができません。
時計の針としては仕方のないことですが。
最近、ふたりの足元には、もつれる感じがありました。
重いというかなんというか。
日に日に強くなっていくその感覚こそが、電池が切れる前触れなのでした。

時計の針が一番上で重なる午後12時。
ミニトが実際の時間よりだいぶ遅れて、足を引きずりながら帰ってきました。
「ただいま」ミニトの声にはぐっしょり汗がにじんでいます。
「おかえりなさい」
そう言ったあと、アワは泣きだしました。
ミニトの様子から、電池切れを察したのです。
今度別れたら最後、ミニトはもう二度と帰ってこないことを知ったのです。
「ミニト…わたしはいつもあなたの帰りを待って…やっと帰って来たと思っても…
1分たったらまたあなたを見送る…そればかりでした…
まるで…速度の違う…ふたつの観覧車に…
ばらばらで乗っていたようでした…
一周でいいから…ふたりで…同じ観覧車に乗ってみたかった…」
アワの声は涙ににじんでいました。ミニトも泣いていました。

しばらくして、ふたりが足元に、いつもの回転し始める力を感じた瞬間。
ミニトはとっさに、アワを強く抱きしめました。
そのときです。
アワの足元で何かが、ガクンとはずれる感触があったかと思うと、
そのままふたりは、いっしょに回りはじめたのです。
12から1。1から2。
そして2から3へと、ふたりはゆっくりと回転し、
その動きにあわせて時間も進みはじめたのか、
森に降り注ぐ光の色がうつろいます。
真っ青な空に、じょじょに赤みがさしていきます。
ときおり二、三言葉をかわすだけで、
ふたりはただ黙って、抱きあったままその窓越しの景色を眺めていました。
話しに夢中になると、時間がたつのが早く感じることを知っているのです。
ふたりはようやく同じ観覧車に乗ることができたのです。


ふたりが10の位置にさしかかろうとする頃、
すでに森は闇に埋もれ、空には星がありました。
その星のきらめきを、ひとつずつ確かめながら、
アワがミニトにひとつ質問をしました。
「ミニト。ミニトは、いつも遅れがちでしたが、それはどうしてですか?」
ミニトは、身体を一瞬びくっとさせると、告白するような面持ちでこたえました。
「それは。えーと。1時間に1分だけアワを抱きしめるたびに、
あと1秒だけ、いや3秒くらいならばれないだろう、と
思ってしまうんです。それで…」
アワは、その一言一言を、ミニトの息づかいごと心にしみ込ませました。

ふたりは、時計のてっぺん、星空にいちばん近い、12のところで止まりました。
それから、ミニトはそのそびえ立つような長身を折り曲げました。
アワが背伸びをしないでいいようにです。
アワは足がつるかと思うくらいに、精一杯につま先立ちしました。
ミニトにあまり無理な姿勢をさせないようにです。
ふたりの顔が、じょじょに近づき、それはやがてキスになりました。
ほんの一瞬の、ながいながいキスの出来事。
お互いを思い合った、やさしさのやり取りでした。

ふたりは、このまま時間が止まってしまえばいいのに、と思いました。






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2011年04月24日

上田浩和 2011年4月24日放送

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レバー

            ストーリー 上田浩和
               出演 柴草玲

たった一度だけ、焼き鳥のレバーをストローにして
ビールを飲んだことがあります。
場所は、東京下北沢のはずれにある古めかしい赤提灯の店。
そのいちばん奥のテーブル席で、ぼくは友達と向き合っていました。
テーブルの上の皿にあったのは、皮とねぎまとレバーが
それぞれ2本ずつだったと記憶しています。
レバーだけがタレで残りは塩でした。
そのうちのレバーを1本とると、
ほくは肉片を串からはずして自分の皿の上に並べました。
そうすると箸で食べやすいからです。
レバーの肉片は4つありました。
串にささっているときは、1本と数えられていたのに、
串からはずした途端に4つになるのがぼくはおもしろいと思いました。
なんだか得した感じもしました。
もし「1から4になるものなーんだ」というなぞなぞがあったら、
その答えはきっと「レバー」です。
もっと正確に言うなら「レバーのたれ」です。
そのうちのひとつを口に入れ、
「レバーだけはタレのほうがうまいと思う」
と誰にともなくつぶやくと、
友達が「ふうん」と気の抜けた返事をしました。
友達はレバーも塩がいいと思っていたのかもしれません。
友達にさっきのなぞなぞを出したら、きっとこう答えたでしょう。
「答えはレバー。もっと正確に言うなら、レバーの塩だな」
最後のひとつになったレバーを口に入れようとする直前で、
ぼくはその肉片の真ん中あたりにあいた穴に気がつきました。
さっきまで串が通っていた穴です。
大きな穴ではないかわりに、小さくもありません。
上からのぞきこむと地球の反対側のブラジルの空まで見えそうで、
逆に下からのぞくと宇宙の果てまで見えるような、そんな深遠さを秘めていました。
レバーに串を通すという作業は実は、ブラジルまでトンネルを掘ったり、
世界一の望遠鏡をつくったりすることと同じくらい
たいへんな作業なのかもしれません。
調理場のほうを振り返ると、頭に鉢巻姿の店長と目が合いました。
ひと仕事終えたあとの男の顔が、そこにはありました。
そのあとです。
ぼくが、そのレバーをストローにしてジョッキの中の生ビールを飲んだのは。
勢いよく吸い上げると、レバーの穴を通り、
ビールがぼくののどをめがけて駆け上がってきました。
でも、とくにおいしいわけではありませんでした。
ブラジルのコーヒー豆の香ばしさがあったわけでもなく、
ましてや宇宙の果ての息苦しさなどを感じたわけでもありませんでした。
ただタレのまざったビールの苦味があっただけです。
その様子をじっと見ていた友達も、おもしろそうにはしていなかったので、
もうレバーをストローにするのはやめようとそのとき思いました。



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2011年03月27日

上田浩和 2011年3月27日放送

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続いまなんじ、おやじ、妹がみそじ。

               上田浩和


妹が江川卓になってからのこの一年は、たいへんだった、の一言に尽きる。
江川が元読売巨人軍の選手だった影響で、
読売新聞の勧誘が頻繁に来るようになったし、
それを断った数日後には、必ず玄関前にタンスが置いてあった。
それは販売店側からの嫌がらせで、
トイレを我慢して家に帰る日に限ってそのタンスがあるものだから、
我慢できずにしぶしぶ家の玄関脇でおしっこをすることとなった。

昨年の3月26日、妹は30歳になった。
30という数字は、江川卓の現役時代の背番号である。
その数字の因果から、30歳の誕生日を境に、
遺伝子丸ごと江川卓になった妹は、
それまでの地方公務員として地味だが落ち着いた暮らしぶりから一転、
その年の春から突然、取材と言ってはプロ野球のキャンプ地に出かけたり、
開幕したらしたで、解説の仕事で家を離れることが多くなった。
自然、ぼくと妹江川卓の関係には亀裂が生じた。
そんななかでも、いいことはあった。
山倉さんからお中元が届いたのだ。
山倉和博さんとは、
江川卓が、現役時代に巨人軍でバッテリーを組んでいたキャッチャーだ。
子どもの頃、ファンだったぼくは、彼から贈り物が届いたことが素直にうれしかった。
そして、去年の夏、思い切って訪ねたぼくを、
昔、ホームを死守していたあの山倉さんは、
あっさりとぼくをホームインさせてくれたうえ、ビールまでごちそうしてくれた。

秋、プロ野球がオフを迎えても、妹江川卓は家に帰ってこなかった。
もう、ぼくと妹江川卓の間には、それほど距離がうまれていたのだ。
玄関脇では、15個ものタンスが行き場を失っていた。
そのタンスを、年末、業者に引き取ってもらっているとき、
いつもおしっこをかけていた場所に、ぼくは一輪の花を見つけた。
きっとおしっこを栄養分にし、この厳しい寒さのなか、芽を出し、
花をつけたのだろう。
その花の橙色を見ているうちにふと、
ぼくは妹江川卓に会いにいこうと思った。
年明け、久しぶりに向かい合った妹の目の前に、
ぼくは右手を差し出し、人差し指と中指を下に向け、ささっと左右にふった。
それは、現役時代の妹江川卓と山倉さんとの間のサイン。
夏、山倉さんから聞いて知っていたのだ。
ミットの下で二本の指を、タテにふったらカーブで、
左右にふったら、ど真ん中のストレート。
兄の胸にど真ん中を投げてこい。ぼくからのサインに、
妹江川卓は、コクリとうなずいた。



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2011年02月27日

上田浩和 2011年2月27日放送

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真っ赤な2月

                上田浩和



フェデリコ・フェリーニの2月は、
今年もあっという間に過ぎていった。
2月は28日までしかないから他の月よりも短いのは分かるけれど、
それにしても早すぎると、
フェデリコ・フェリーニは毎年2月の終わりにさしかかるたびに感じる。
2月がはやく過ぎるのは、
フェブラリーがフェラーリに似ているからではないかと、
フェデリコ・フェリーニは思っている。
誰にも言ったことはないけれど、本気でそう思っている。
真っ赤に塗られ輝く2月。
風を形にしたような流線型。
その先端では、あの馬のエンブレムが輝いている。
そんな真っ赤な2月が、
時速300キロでローマの街を駆け抜けていく場面を思い浮かべると、
フェデリコ・フェリーニは、いつもちょっとだけ楽しくなる。

そういうとき、フェデリコ・フェリーニは、
日記をつけてみようかと思うのだけど、
なんだかもう面倒くさいのでやめる。
面倒くさいとは、実際どんな臭いがするのかを、
フェデリコ・フェリーニは経験上知っている。
オレンジの腐った臭いだ。
たとえば、地中海をのぞむカフェでエスプレッソを楽しんでいるときに、
ふと自分の靴の紐がほどけていることに気がついたとする。
そして結ぶのが面倒くさいなあと思ったととたん、
その臭いはどこからともなくあたりにたちこめるのだ。
面倒の臭いには困ったものだとは、
フェデリコ・フェリーニでなくても思うことだろう。
今も、日記のことを面倒だと思ったせいで、
オレンジの腐臭があたりに漂いはじめていた。
その臭いを蹴散らすために、フェデリコ・フェリーニは、もういちど、
真っ赤な2月が、時速300キロで目の前を走り去る場面を想像した。
右の路地から姿を現した真っ赤な2月は、猛然と目の前をよぎって、
左の路地に消えた。
一瞬のすさまじい爆音のあとの風のおかげで臭いはもうない。
その風圧で乱れた前髪を整えながら、フェデリコ・フェリーニは、
もう面倒なことをするのはやめようと思った。
面倒なことは若い人に任せておけばよいのだ。
2月は、真っ赤な色して今すぎた。もう3月だ。もう春だ。
老人は春のことだけ考えておけばよいのだと、
フェデリコ・フェリーニは風のなかで思った。


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2011年01月31日

上田浩和 2011年1月30日放送

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あくび
             ストーリー 上田浩和
                出演 柴草玲

目の前で女の子があくびをした。
ぼくと女の子は、喫茶店のテーブル席をはさんで向き合っていた。
ぼくの視線に気がついたのか、女の子は、途中であくびをとめた。
右手をさっと口元にあてて、残りのあくびをぐっと飲み込んだ。
お互いにさっと視線をそらすと、
気まずさから逃れるために、ぼくは文庫本に戻り、女の子は勉強に戻った。
どうやら受験生のようだ。
広げられた参考書は数学ので、問題の内容から大学受験だと思われた。
昨日も遅くまで勉強していたのだろう。
そして今日も日曜なのに休むことなく、
朝早くから喫茶店で勉強しているのだから、あくびのひとつくらい当然だ。

ぼくは、その女の子によって飲み込まれたさっきのあくびの行き先を思う。
ぼく調べによると、飲み込まれたあくびは、
東京ドームに集められることが分かっている。
世間一般には、
なぜ東京ドームがいつも焼きたてのメロンパンのように
ふっくらと膨らんでいられるかの理由は
まだ知られていないようだが、その本当の理由は、あくびにあるのだ。
人があくびを押し殺すたびに、
吐き出されなかったそれは口のなかで圧縮され、
甚大なるエネルギーを中心に抱えた気体の塊となる。
それからすばやく回収され、運ばれた先の東京ドームで、
いっきに解き放たれる。
東京ドームのあの白い膨らみは、
そのときのエネルギーを利用しているのだ。
全国にいったいどれくらいの受験生がいるかは分からないが、
受験シーズンまっただなかの今、
そのほとんどの人たちは寝不足だと思われる。
自然、飲み込まれるあくびの量も多くなる。
だから、受験シーズンの朝の東京ドームは、
いつも以上にパンパンに膨れ上がっているのだという。

女の子が、もういちどあくびをした。
そして、目にうっすらと涙を浮かべながらまた飲み込んだ。
そのあくびが、ぼくにもうつったが、
我慢することなくぼくはそのまま大口をあけた。
アンチジャイアンツのぼくはあくびを飲み込んだりしない。
東京ドームなんてしぼんでしまえばいい。



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2010年12月26日

上田浩和 2010年12月26日放送

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アリとキリギリスと少女

                     上田浩和

夏のある日、働き者のアリたちは、
せっせと巣まで食べ物を運んでいました。
やがて来る冬に備えているのです。
ところが、働いていないアリの姿もあります。
彼らは失業アリです。
働きたくても働けないアリたちは、
葉っぱによりかかりうつむいていました。
そんなアリたちの様子を、キリギリスは、
木の枝に腰をおろして眺めていました。

その年の年末、キリギリスは、年越しの準備をしに街に出かけました。
スーパーマーケットで大量の食料を買い込んだその帰り道、
道端でマッチを売っている少女を見つけました。
かわいそうなことにマッチ売りの少女は、寒空の下で、
からだをがくがく震わせています。
不憫に思ったキリギリスは、
マッチをぜんぶ買ってあげることにしました。
「それぜんぶカードで」とキリギリス。
マッチ売りの少女はうれしそうな顔をすると、
くたびれたかばんの中からカードを読み込む器械を取り出しました。

そのあと、ひとまず暖をとろうということになり、
マッチ売りの少女とキリギリスは、マッチに火をつけることにしました。
一本目のマッチに火がともると、そのなかに、
焼きたてのおいしそうな七面鳥が見えました。
二本目をつけると、幸せそうな家庭の暖炉が見えました。
三回目には、十本いっぺんにすると、大きな火がつきました。
すると今度は、テレビショッピングの映像が見えました。
燃えさかる炎のなかで、九州訛りのおじさんがテレビや時計を売っていました。
「分割手数料は負担します」というおじさんの声は、
甲高く、耳に痛いくらいでした。
マッチ売りの少女のために、キリギリスは電気ストーブを買ってあげました。

二人がその場で電気ストーブが届くのを待っていると、
大きめのダンボールの箱がちょっとずつ近づいてくるのが、
道の向こうに見えました。
運ぶ人の姿は見えないのに、箱が勝手に動いているのです。
不思議に思ったマッチ売りの少女が近づいて行ってその箱の下を覗くと、
箱の下にはたくさんのアリたちがいました。
アリさん宅急便が、電気ストーブを運んで来てくれたのです。
アリたちは、夏に見かけた失業アリたちでした。
アリたちは、うれしそうな顔をしてキリギリスに言いました。
「きみのおかげで、ぼくたちも働くことができたよ。
これでどうにか年を越せそうだ」
言われたキリギリスもうれしそうです。
電気ストーブを手にしたマッチ売りの少女もまたうれしそうです。
キリギリスは、マッチ売りの少女とアリたちに言いました。
「どうかよいお年を」



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2010年11月30日

上田浩和 10年11月28日放送

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WATER RESIST

          上田浩和

ぼくがピザを食べられなくなった理由は、腕時計にあります。
その腕時計との出会いは、10年ほど前。
駅前に古くからある時計屋のショーウィンドウで見つけました。
黄色いデジタルウォッチで、
ストップウォッチ機能もしっかりしており衝撃にも強い。
なによりもかっこいいとあって、ほぼぼくの理想に近い腕時計でした。
ただひとつ欠点をあげるとすれば、文字盤の裏に刻印されたWATER RESIST 20BAR。
海に行かないぼくにとって、20気圧防水機能なんて余計なのです。
防水機能がなかったらもう少し安く買えたはずなのに、と何度も思いましたが、
それ以外は完璧で、時間を確かめるたびに見とれてしまうほどでした。

その時計を買ってから数日後、
ぼくはサッカースタジアムのピッチに立っていました。
当時のぼくは、サッカーの審判で、
国際試合の大事な一戦で主審を任されていました。
黒いユニフォームで颯爽と走り回りながら、
毅然とした態度でジャッジするぼくは、自分でもかっこよかったと思います。
でも、試合終了間際になってぼくは、
ブラジルチームの選手がハンドをした瞬間を見逃すという、
痛恨のミスを犯したのです。
審判とはいえミスはあります。
ただそのときのぼくは、あろうことか、
残り時間の確認をするために見た腕時計に見とれてしまっていたのです。
その隙に起こったハンドだったのです。
相手チームのイタリアの抗議はすさまじいものでした。
イタリア語でまくしたてる彼らの口からは、
ケチャップとチーズの香ばしい匂いがしました。
きっと試合前にみんなでピザを食べていたのでしょう。
それから10年、ぼくはあのときの匂いがトラウマとなり、
ひとかけらのピザも口にできていません。
黄色の腕時計に目を奪われたあの瞬間に、
ぼくは人生から、ピザを失ってしまったのです。
でもこれっぽちも残念だとは思いません。
あの瞬間のあの黄色の時計の美しさは、
ピザを一生分重ねても足りないくらいです。

余談ですが、審判を引退したあと、同じ腕時計の色違いで青を買いました。
ピザが嫌いになった分、腕時計への愛情がより増したようで、
左手に黄色を巻き、右手に青を巻いています。
両手の時計を交互に眺めて、
気がつけば一日がすぎていたということも珍しくはありません。
さらに余談ですが、最近、同じ腕時計のなんと赤を見つけました。
夜毎、赤い腕時計を目の前に置いて、
人間には腕時計専用の腕が、
もう一本必要なのではないだろうかと考えるようになりました。
考えすぎると、まるで重りをつけられて、
海の底深く沈められてしまったような気分になることがありますが、
この海底の闇の中で、腕時計専用の第三の手を求めさまよった末、
ぼくはタコになるのがいいのかもしれません。
そうしてタコになってはじめて「やっぱり防水機能があってよかった」と
気がつくのかもしれません。



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2010年10月31日

上田浩和 10年10月31日放送

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戦艦大和


                  上田浩和


戦艦大和を引き揚げるためにはまず、
ぼくが2つの罪を犯さなくてはならない。
ひとつは、宅急便の配達員の制服を盗むこと。
ふたつめは、詐欺だ。
その制服を着て配達員を装ったぼくは、
早朝、あるアパートの一室をノックする。
まだ寝ぼけた人に、ぼくを偽の配達員と見抜けるわけもなく、
偽の荷物を手渡したあと「サインください」と
借金の借用書を出したとしても、
すんなりと連帯保証人の欄にサインしてしまうはずだ。
これでぼくは大きな罪を背負うことになるが、
戦艦大和引き揚げのためには、しばらくの刑務所暮らしは覚悟の上だ。
その後、同じ部屋の扉を今度は、取り立て屋が叩く。
執拗すぎる脅しによって、
その部屋の住民は自ら命を落とすことになるかもしれないが、
それも戦艦大和の引き揚げのためには必要な犠牲だ。

その一方で、ドアを叩く取り立て屋に声をかける初老の男がいる。
男は、ボクシングの名トレーナーで、
取り立て屋のパンチに惚れ込んだのだった。
それから3年後、ついにベルトを勝ち取った取り立て屋は、
リング上でこう叫ぶだろう。
「エイドリアーン!」
そんなのロッキーの見すぎだと思われるかもしれないが、
戦艦大和の引き揚げのためには、
ロッキーは見過ぎるぐらいがちょうどいい。

その試合をテレビで観戦していた女がいる。
イタリア料理屋のオーナーであるその女は、
取り立て屋の雄叫びを聞いたとき、
魚のエイをつかったドリアをひらめく。
エイドリア、である。
ダジャレかよ!と思う人もいるかもしれないが、
戦艦大和の引き揚げのためにはダジャレは重要だ。
エイドリアは、評判となり女の店は連日大行列となる。
エイ人気は他の料理にも飛び火し、
海は一時期、エイ漁の漁船で埋め尽くされる。
長崎県男女群島周辺の海にも、漁船の姿はある。
その長崎県男女群島こそ、戦艦大和が沈む場所だ。
ここで、まさかと思う人もいるだろう。
まさか漁船の網に、
戦艦大和が引っかかるなんてオチじゃないだろうなと。
しかし、そのまさかである。
これは戦艦大和の引き揚げのために神が用意した
まさかの予定調和なのだ。
そして、ぼくが宅急便の制服を盗んだ日から、およそ1500日後の
新聞は、戦艦大和引き揚げの記事がトップを飾ることになる。

といったわけで、戦艦大和を引き揚げるためには、
ぼくの2つの罪と、ひとりの住民の犠牲と、ロッキーの見過ぎと、
ひとつのダジャレと、ひとつの予定調和が必要だとぼくは考える。



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2010年09月26日

上田浩和 10年9月26日放送

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アンドロメダ


                     上田浩和

ビルの向こうに夕日が沈む頃、
今夜のいちばんぼくろが右腕に現われた。
これから夜がはじまり、空に星たちが輝きはじめるとともに、
ぼくの全身には無数のほくろが浮かび上がってくる。
そして、星たちが夜空に星座をつくるように、
ほくろたちもぼくの身体に星座を形成していく。
10年くらい前、毎晩のようにぼくを訪ねてくる男がいた。
天文学者だったその男は、裸のぼくに天体望遠鏡を向けて、
一晩中ほくろの星を観察しつづけた。
ほくろ銀河にため息をもらし、
ほくろブラックホールにおののき、
ほくろ火星にいるかもしれないほくろ火星人について夢を語った。
そしていくつかの新しい星、というかほくろを発見した。
ある晩、その夜の観察を終えたあと、ビールを飲みながら男は言った。
「新しい星に名前をつけたんだ。ぼくの娘の名前だ」
そして今夜、今度はその娘がぼくを訪ねてやって来る。

女は、約束の時間ちょうどにやってきた。
あいさつもそこそこにぼくがシャツを脱ぐと、
女は、はじめて目の当たりにするほくろの星に驚き、
それから「この右の乳首が北極星なんですよね」と聞いてきた。
そのとおりだった。
ほくろの星たちは、ぼくの右の乳首を中心に、
それぞれの距離を一定に保ちながら一時間に15度ずつ回転している。
ひとつひとつの大きさも実際の星の輝きに応じて違うし、
季節によってその位置も変えていく。
いま、ほくろたちは秋の星座をつくっている。
その無数の黒い点の合間を縫うようにして、
今夜10個目の流れぼくろが胸から腹にかけて流れていったあと、
女は、ようやく自分の名前のついたほくろを探し当てた。

その後、女は時折涙に声を詰まらせながらも、自分の父親について語ってくれた。
頑固で、意固地で、偏屈で、でもほくろの星について語るときだけは、
心の底から楽しそうだったことや、この世を去る数日前に、はじめて私に向かって私の名前をつけたほくろがあることを教えてくれたときの照れくさそうな表情について。
語りながら女は、遠い目をしてぼくの身体を見つめていた。
一匹の蚊が飛んできたのはそのときだ。
羽音を鳴らしながらゆっくりぼくの視界を横ぎり、
裸のお腹の上にとまったのだった。
でもそのままにしておいたのは、
この夏を生き延びた蚊に対するご褒美のつもりだった。
ちょうどその時間、右脇腹にひときわ大きなほくろがあった。
アンドロメダ座のα星だ。
満腹になった蚊が飛び去ったあと、そのほくろのすぐ隣に、
吸われたあとの赤い点が浮かんだ。
それはまるで、秋の星座のなかに突然出現した赤い星のように見えた。
あの男は星になったんだな、とぼくは思った。
同じことを思ったのか、再び女が猛然と泣きはじめたため、
猛烈にかゆかったが、かきむしるわけにもいかなかった。




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2010年08月31日

上田浩和 10年8月29日放送

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ある夏の夜に。

                       上田浩和


子供のころのぼくは、よく泣きました。
悲しいとき、悔しいとき、痛いとき、寂しいときはもちろん、
喜びすぎたとき、笑いすぎたとき、やさしくされたときにも泣きました。
そしてその感情ごとに、ぼくはいろんな涙を流しました。
痛いときに頬をつたう涙は、オレンジ色をしていました。
色だけではありません。ぺロッとなめると味もオレンジです。
悔しいときは、白い涙が頬を流れていきました。カルピスです。
悲しいときは、シュワッとしていました。サイダーです。
子供のころのぼくは、よく泣きました。
そして感情に応じて涙の種類をいろいろに変えたのです。
反対に言うと、涙の味から、
ぼくは自分がなにを感じているのかを把握することができたのでした。

ある夏休みの夜のことです。
ぼくは、窓の外に広がるきれいな星空に目を奪われていました。
いつもと同じ夜空なのに、その夜だけはなにか様子が違いました。
いっときも目をそらすことができないのです。
星のきれいさのせいだけではありません。
そこにはなにかがぼくの意識をひきつける大きなものがありました。
と、そのときです。
ぼくは唐突に「夜空って宇宙なんだ」ということに気がついたのです。
いま思えば当然のことですが、あのときは、
世の中のことがぜんぶ分かったみたいな感動がありました。
そうか、夜空は宇宙なんだ!と。
ぼくは気持ちのたかぶりとともに宇宙を見つめていました。
いまでも広がり続けているという宇宙の果てを思いました。
すると今度は、恐怖のあまりに視線をそらせなくなっていたのです。
なにが怖かったのか、いまではよく覚えてはいません。
気がつけば、ぼくの意識は夜空に飛び出していました。
1秒もかからず成層圏を抜け、
ロケットの速度を1億倍にしても足りないくらいの勢いで、
ぼくの意識は宇宙の闇の中を突き進んできました。

そこは、宇宙の果て。
闇と光がせめぎあっているようなそんな場所。
振り返ればさっきまでいた地球が点のように見え、
目を凝らすと、夜空を見上げるぼくの姿が小さくゴミのように見えます。
背中に部屋の明かりを受けてシルエットになっている自分は、
へんな顔をしてると思いました。
不思議なもので、こんなに大きな宇宙にいて、
気になるのは自分の小ささだけなのでした。
ぼくの意識は、しばらくそこを漂ったあとで、
ゆっくりと時間をかけて、
地球の、ぼくの家の、ぼくの部屋で夜空を見上げるぼくの体のなかに
戻っていきました。

ふと気がつくと、ぼくは夜空を見上げながら泣いていました。
そしていつものように涙をなめたとき、はっとしました。
苦いのです。
いままで、こんな味の涙は流したことはありませんでした。
それは、ぼくが人生ではじめてコーヒーを飲んだ瞬間でした。
苦くて苦くて仕方ありませんでした。
コーヒーの涙が、いったいどんな気持ちを表していたのか
今となっては知ることはできません。
というのも、あの夜を境にして、ぼくはあまり泣かなくなったうえ、
たとえ泣いたとしても、ふつうの塩っからい透明な涙しか流さなくなっていたのです。
だからぼくがあの晩、宇宙で感じたことを正確に伝えることはできません。
ただひとつ言えることは、あの晩、ぼくはどんなジュースにも表せない感情が
自分にあることを知ったということです。

あの晩から長い時間がたち、
ずいぶん大人になったぼくですが、いまでもコーヒーを飲みながら、
カップのなかに遠い遠い宇宙が見えるような気がして
涙ぐんでしまうことがあります。



出演:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/

タグ:上田浩和
posted by 裏ポケット at 08:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 上田浩和 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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