こちらのブログは
「コピーライターの左ポケット」の
原稿と音声のアーカイブです
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コピーライターの裏ポケット
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2013年11月10日
細川美和子 2013年11月10日放送
「反対側へ」
細川美和子
飛行機が離陸してしばらくたつと、
CAがおしぼりを配り始めた。
それをうけとった隣の男が手だけじゃなく
ケータイをふきはじめたので
キレイ好きな男だな、と思ったのだが、
次はテーブルや窓わくやひじかけまでふきはじめて
最後には自分の靴までふいているので
なにがなんだかわからなくなった。
ひとつわかったのは、これからは配られるおしぼりで
顔をふくのはやめたほうがいい、ということだった。
でも考えてみるとこうやって飛行機に乗り、
ケータイでどこでも連絡がとれ、
ネットでいつでも情報が検索できるようになって、
人間は膨大に自由な時間を手に入れ
隣人への思いやりに目覚め
愛と余裕にあふれた生活を送れるかと思ったら、
実際の仕事の納期はますます短くなり、
いつも締め切りに追われ、
家族とすらろくに話す時間もない。
どんだけ、当初の目的を見失いがちなんだ、人間は。
がんばればがんばるほど、逆の方向に進んでいく。
だとしたらもう、なにもしないほがいちばんなんじゃないか。
瞑想に入ったまま何十年も動かないという
インドの聖者たちの話を思い出した。
彼らは世界の本質を見抜いているんだ。
出家したい。
もう出家するしかない。
この仕事だけは、はやいところ終わらせて、
なぜならおれは責任感がある大人の男だから、
ただし、帰ったら誰にひきとめられても辞表を出そう。
そう思って猛烈にパソコンを打っていたらCAが
「お仕事大変ですね」と声をかけてきた。
ちょっと檀れいに似ている。
「なんのお仕事をされているんですか?」
そうふみこんだ質問をされて、
わたしははにかみながら、
自分の所属する某一流企業の名前を口に出していた。
そして飛行機をおりるころには、
名刺にケータイ番号を書いて渡していた。
まだしばらく、仕事はやめれそうにない。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
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2013年10月20日
細川美和子 2013年10月20日放送
インスタント
細川美和子
料理するのがつらくなってしまった
たべてもらいたいひとができて
そしていなくなってから
あんなに好きだった料理が
おいしくできればできるほど
ああ、たべてほしい…
ってその人を思い出してしまう、
つらいものにかわってしまった
ふられたことよりも
そのことがかなしかった
ああ、わたし、料理好きだったのにな
それからわたしの食生活は、衰退の一途をたどった
ごめんね、お給料をはたいてかった
フライパンや鍋や食器たち
愛してあげられなくてごめん
今まで毛嫌いしてきた
コンビニや安い居酒屋や
インスタントラーメンが
やさしい場所にかわった
あの人を思い出さないし、
どんなダメなわたしもうけとめてくれて、
っていうか、
インスタントラーメンっておいしいね
ちょっとお惣菜の野菜、のっけたりして
へぇ〜コンビニってゆでたまごも売ってるんだ
これものっけて、そうなると
ビールも飲みたいな
ビールとなると、
ちょっとつまみもつくろかな
家になんかあったっけ
あ、あの冷凍庫の豚もう使わなきゃ
トマト缶があるから、煮込みにしようかな
オレガノいれて、ふふふ、
いい豚だから、シンプルで、美味しそう、、、
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2013年09月29日
細川美和子 2013年9月29日放送
ねごと
細川美和子
そんなに好きだったわけじゃないのに。
なぜか、わたしはその人の名前を
ねごとで口走ってしまうらしい。
何年も前に、数ヶ月だけ恋人だったひと。
ほかにももっと好きな人はいたし、
ほかにももっと長い間つきあった人はいた。
それなのに、なぜか
わたしはその人の名前を
口ばしってしまうらしい。
そのことは、最近海外旅行にいっしょにいった
女友だちの指摘で知った。
やさしい彼女は、
とてもいいにくそうに、
その事実を教えてくれた。
恥ずかしいのもさることながら、
これでは、新しい恋ができないじゃないか、
とわたしはあせった。
というか、ここのところ恋が長続きしないのは、
そのせいだったんじゃないだろうか。
ねごとでほかの人の名前を毎晩いわれたら、
わたしだってたまったもんじゃない。
もう何年も会ってないそのひとに、
怒りをぶつけたくなった。
あなたのせいで、わたし一生結婚できないかも。
どうしてくれるのよ。
「じゃあ、またつきあえば?」なんていわれたらどうしよう。
「おれが責任とるよ」なんつって。
あれ?わたし、未練たらたら?
そんなことない。そんなことないもん。
あんなひと、そんなに好きじゃなかったもん。
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2013年08月04日
細川美和子 2013年8月4日放送
ラッキーナンバー
細川美和子
9はくるしむに通じるから
嫌われる数字だけど
チベット密教では最高の数とされていて、
でもやっぱりそれは、
苦しんだあとにこそ悟りがやってくるっていう
えらい人の教えなのかなあ、、、
などと考えていたら
むこうからの別れ話、というか
言い訳はもう終わっていた。
わたしがなにもいわないので
むこうはずいぶん居心地がわるそうで、
というか、はやいところあやまって、
すっきりして、帰りたそうだった
でも、言いたいことは何もなかった
もう自分のことを好きじゃない人を
ひきとめてもしょうがない
こればっかりは、どうしようもない
でもわたしは意地悪だから
おこったり、泣いたり、
責めたりなんてしてあげない
むこうがまたごにょごにょと
言い訳をいくつかいってから、
先に席を立つまでずいぶん
長い時間がかかった、気がする
帰り道でコンビニによって
切らしてたビールとゴミ袋を買ったら
ちょうどおつりが777円だった。
そのレシートは受け取らなかった。
せめてもの抵抗だった。
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2013年07月21日
細川美和子 2013年7月21日放送
迷子
細川美和子
団地に住んでいた小学生のころ。
すぐ近くの公園に白い子犬が迷いこんできた。
ほんとは犬が飼いたいのに
飼えない団地の子どもたちの多くは、
それはもうよろこんだ。
こっそり給食の牛乳やパンを持ち帰ってあげて。
放課後にはみんなでその公園に集まるのが
楽しみになっていた。
でも、だんだん子犬は大きくなって。
給食のパンじゃ、足りなくなったんだね。
ごはんをあげおわったあとも、
子供たちのあとを追い回すようになった。
中には、こわくなって逃げだして
転んでしまう子も出てきた。
だんだん、近づかなくなる子もでてきた。
そんなある日。
いつものようにパンをもって公園に着くと、
目の前を檻のついた車が走っていった。
その檻の中には、哀しそうな顔の
あの白い犬がのっていた。
わたしはびっくりして泣き出した。
泣き出したまま、走って車を追いかけた。
追いかけて、追いかけて、
でも、もちろん追いつけなかった。
気がつくと、町の知らない場所にきていた。
帰り道もわからなくて、途方にくれていると
むこうから必死の形相で走ってくる人がいる。
お母さんだった。
近所の人に、おたくのお子さん、
走ってついてっちゃったわよ、と知らされたらしい。
エプロン姿で、ものすごい顔で、走ってきてくれた。
よくこの場所がわかったなあ。
けっこう走ったんだけどなあ。
そのぼんやり思いながら、また泣けてきた。
あの子犬は、お母さんに見つけてもらえなかったんだなあ。
ごめんね。
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2013年06月23日
細川美和子 2013年6月23日放送
19時55分。
細川美和子
その場所にはひとりできたかった。
ひとりできたかったのに
いざひとりできてみると
手持ち無沙汰で、退屈で、
ついついケータイをみてしまう。
ツイッターやら、フェイスブックやら
インスタグラムやら、はては会社のメールまでを
ついついのぞいてしまう。
そして見たくもない情報を見つけてしまう。
その情報を頭からふりはらって、
ふたたびその場になじむ努力をしてみても、
やはり退屈は過ぎ去らない。
時間がたてば、その場の流れが見えてきて
おもしろみがわかるかと思ったけど、
いつまでたっても、どうにもいたたまれない。
すこし寒くなってきた。
昼間はあんなに暖かかったのに。
そしてついついどうでもいいような
メールをみずから打ってしまう。
ふだんなら打たないようなよけいなメールだ。
返事がくるとありがたくて、すぐに返してしまう。
そのくせ、肝心なあの人には連絡ができないんだ。
こんなことをかみしめるために、
ひとりでこんな遠くまで
来たわけではないんだけど。
今日もやっぱり自分がなにを
したいかわからなかった。
生まれてから、ずっとそうだ。
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2013年05月19日
細川美和子 2013年5月19日放送
愛想の悪い猫
細川美和子
その猫はおっとりとした猫だった。
家の人にも、外の人にも愛想がよく、
すりすりと額をこすりつけ、
ゴロゴロとのどをならし、おとなしく抱かれた。
そう、わたし以外には。
なぜかわたしが手をさしだすと、猫パンチしてきて、
なぜかわたしが近づくと、ダッシュで逃げる。
子猫のときにひろってきて、病院に連れていき、
目やにをとり、鼻水をふき、耳ダニの始末をし、
標準体重まで太らせたのはわたしなのに。
ふてくされてほうっておくと、
物陰からこちらをじっとみている。
ふん、しらんわい、と思って無視していると、
またパンチして去って行く。
おいかけると、しっぽをピンとたてて逃げまわる。
決して抱かせてはくれない。
むりして抱き上げると
フギャーっといって逃げていく。
そしてまたこっちを見ている。
わたしのそばで寝るときは、
ぷいっとおしりを向けて眠る。
だんだんつかれてきて、
何をしてきてもほうっておくようになった。
まあいいか。
ほかのひとにかわいがられているときのほうが、しあわせそうだし。
そうやって相手をしなくなったわたしを、
そいつはいつも少しだけ遠くからじっと見ていた。
そして、ある日突然、家からいなくなった。
さびしいな、と思ったけど、あまり考えないようにした。
いなくなったもののことを考えるのは、得意じゃないのだ。
忘れるほうが、得意だ。
でも、ある日わたしは、
猫の気持ちについて書かれた本を読んでしまう。
そして、読まなきゃよかった、と思う。
猫がしっぽをピンとたてて逃げるのは、かまってほしい印だとか。
おしりを見せて寝るのは、信頼している印だとか。
じっと見ているのは、愛情の印とか。
いい加減なことばかり書いてある。
どうしてそんなことわかるんだ。
猫の気持ちなんて、人間にはわかんないでしょ。
その本は、二度と開かなかった。
猫ももう、二度と、拾わないと思う。
わたしにだけ、性格の悪かった猫。
いまごろどうしているんだろう。
だれかに抱かれているんだろうか。
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2013年04月14日
細川美和子 2013年4月14日放送
「南の空を見上げてごらん」
細川美和子
どうもニセ十字星です。
日本人観光客のみなさんが、
春の南半球で夜空を見上げたときに、
「気をつけてください、あれは南十字星じゃありません」
って説明される、ニセ十字星です。
本物の南十字星は、
天の川の中にある2つの明るい1等星、
ケンタウルス座のα(アルファ)星と
β(ベータ)星を見つけて、その延長線上にある星です。
・・・何度もガイドに聞かされるので、覚えてしまいました。
でも同じ南の空にあるニセ十字であるところのぼくたちは、
南十字星よりでかくて明るいから、
ついまちがわれちゃうんです。
それで、がっかりされるんです。
キャーみつけた!!!
いやいや、お嬢さんたち、あいつはニセモノですよ、って。
なーんだ、だまされちゃったーって。
そんなこと言われたときの気持ち、わかりますか。
そんなアイデンティティ、ってありますか。
勝手に間違って、勝手にニセよばわりして、人間ってひどい。
なんなら僕らが南十字星でいいじゃないですか。
本物より、でっかくて、明るいんだから。
とにかくニセ十字星って、ネーミングはやめてほしい。
そうだ、日本のコピーライターのみなさん、
僕たちに新しい呼び名を、つけてくれませんか。
そういうの、得意だって聞いてます。
そちらからは見えない南の空ですけど、お待ちしています。
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2013年03月24日
細川美和子 2013年3月24日放送
トゥルーストーリー
細川美和子
最初にふぐを食べた人間は
ほんとうにえらいねー
よく食べたよねー
身をていしてここまで
おいしく食べられるようにしてくれた
先達たちにカンシャしなきゃ。
なんてふぐを食べながら
人間がのんきに話しているので
まったくハラがたった。
最初に身をていしたのはわれわれ猫である。
人間はそれを横でみていたのだ。
われわれ猫は長い年月をかけて
ふぐのおそろしさを学習し、
今ではふぐをみるとまたいで
よけて通るまでのDNAになった。
しかも困ったことに、ふぐはけっこうおいしい。
ついついうっかり食べてしまう。
学習するまでに長い年月がかかった。
われわれがおこるとちょっとふくらんで
ふぐっぽくなるのは、
その闘いの名残りなのではないかと
猫界では言われている。
それなのに人間は勝手なものだ。
いつのまにか、ちゃっかり毒をよけて
食べる方法を見つけているようだ。
なんだかちょっと、くやしい。
なにがてっさだ。なにがてっちりだ。
あ、いかん、しっぽがふくらんできた。ふー!!!
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2013年02月24日
細川美和子 2013年2月17日放送
卒業
細川美和子
けものくさいかな、
と思って抱き上げたら
コアラはさっきまで
食べていたユーカリの
さわやかな匂いにつつまれていて、
ビールくさい自分のほうが
よっぽどけものくさかった。
30オーストラリアドルを払って
コアラを抱く、という行為も
なんだかおっさんくさかった。
一緒に旅行にきた恋人に
非難されたせいもあるかもしれない。
コアラはおまえに
抱かれたいとは思ってないぞ、と。
真の動物好きなら、
そんなことするべきじゃない、と。
それでもこどものころからの
夢を叶えたくて
無理矢理コアラを抱ける動物園に
きてみたけれども、
トロンと眠そうなコアラを
抱きしめても確かにそこには
なんの交流もなかった。
茫漠としたうしろめたさが残った。
ごめん、と思わずつぶやくと、
子供のころのわたしが
けっこう楽しかったよ、
と言って、消えていった。
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